生命は連続していており低いレベルから様々な経験をしながら魂が磨かれレベルアップしていきます。レベルは変わっても同じ魂ですからその固有の性質は残っているわけです。

 皆さんは昔の学生運動の学生と暴走族や暴力団員とかの姿がタブったことはないだろうか。つまりその暴力的、攻撃的な性質は残っているわけです。学生時代学生運動にのめりこんで大学を中退した人を何人か知っていますが、彼らはいずれも攻撃的な性格で低い人格の頃(過去世)はなかなかのやんちゃだったのでは、と思えるような人間でした。
 
 詐欺師は頭もよく口がうまく人を騙すわけですがその手の人間は知能が高くなれば文章がうまくなり「これが真理である」ともっともらしい思想で人を騙すようになるわけです。谷口が教祖になる前は金集めがうまかったということは詐欺師としての魂の傾向が残っていたわけです。
 
山田もしゃべりはうまく決して誠実なタイプではありませんからその手の人間だった可能性はあります。

 世に投資詐欺等は絶えませんし、様々な犯罪の被害者をこの世界では気の毒な人たちという見方をしますが永遠の生命の観点から考えるなら、そういう犯罪の被害に遭わない人の方がはるかに多いわけですから犯罪に遭うというのは過去の罪の報いを受けているという見方ができます。
宗教の被害者も同じであると考えていいでしょう。


 

 転生する際、次の人生は学ぶべき課題、克服すべき欠点等で自動的に決定されるようですが過去世での罪の償いも大きな要因のようです。
 悲惨な人生、身障者としての人生などを好きで選ぶ人間などいるわけがなく、犯した罪に対する強い悔恨の情が生じ、それ以外の選択がないような状態になり過酷な人生を選ぶようになるようです。現世でも同じ精神状態にはなりますが霊的世界だとより神に近いのでその状態が強くなるようです。また厳しい課題を果たす、罪の償い、欠点の矯正をすると行けるさらに幸福な世界を見せられ決断するようです。
 
 宗教や共産主義にのめり込む人たちの多くに「この世界をよくするのだ」という情熱に近いものがあることは事実でありましょう。それはまるで悪いことをした過去の償いをするために生まれてきたかのようです。過去の人生の償いが済んでいない場合、宗教等にのめり込み罰を受け罪の償いをするわけです。

 

 

 

 

 「願ってかなうなら誰も苦労せんわ どアホ!」


 仏教も ,キリスト教も,既成宗教は この世で善行を積み、正しく生きれば極楽往生でき,天国に行ける、と功徳を来世に置いています。新興宗教は、信仰すれば病気が治る,願いが叶う,悩み事がたちどころに解消する,と現世利益を説きます。

 新興宗教に嵌る人の多くは、現実に職場や,家庭内における人間関係の軋轢や、本人や家族の病気、生活や将来への不安を抱えており,来世の幸せなどという悠長なことを考えている暇などないのです。彼らは現在,今直ちに救って貰いたいのです。

 今の不幸から脱したいのです。そこへ新興宗教はつけ込み「我々の神様を信じれば,たちどころにあなたの悩み事は解消しますよ,貧苦か解放されますよ、病気が治りますよ」と揺さぶりをかけてきます。

 「鰯の頭も信心から」今、現に悩みを抱えている人は,釈迦であろうがキリストであろうが、お狐さんであろうが、自分に手を差し伸べてくれる親切な神様がいれば、何であれ構わないのです。教祖がどうだの、教理がどうだの、伝統だの、あれこれ好き嫌いなど言ってはいられないのです。

新興宗教はそうした人の心の弱みにつけ込む詐欺ビジネスであり、オレオレ詐欺と同じ原理,同じ手口なのです。

 

 

毎回、大学で一年生が多い授業で最初に教える事です。

幼稚園から高校まで、世の中は素晴らしいもので、大人の言う事は聞くべきだと教育を受けてきたと思う。

そして、みんなが大学に入って大人になったわけだが、今度は現実を見て世の中には、悪い大人も沢山いる事を学んでほしい。

本物の詐欺師は悪い顔をしていない。むしろ良い人に見えて、社会的地位があったりして、捕まらない程度に騙すし、相手が倒れない程度に搾り取りこき使うのが本物の詐欺師だ。

そして1番厄介なのが悪意のない詐欺師というやつ。

なぜ、こんな話をするか?

彼らにとって1番騙しやすいのが、経験が浅く純粋な人間を育てる教育を受けたばかりの君達、大学一年生だから。くれぐれも気をつけてほしい。

 

 

 

 

 

谷口雅春はこんな子供たちに何かしてやったのかな?