皆様


今日は、7月からワークショップでファシリテートをしてくれる

ヤハギクニヒコさんからのメッセージです。

どうぞ、ご覧ください。


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みなさん初めまして。
ジャーナリストワークショップのファシリテータをつとめさせて戴きます、

ヤハギクニヒコと申します。よろしくお願いします。

参加されるみなさんは、既にジャーナリズムの世界にいらっしゃるか、

あるいは興味を持っていらっしゃるかと思いますが、

そもそもジャーナリズムとは何でしょうか。

ジャーナルの語源は、ラテン語の「ディウルナ」で、「毎日の」という意味です。

カエサルによるローマ共和国の日刊情報紙がその起源で、

ローマ政庁前の掲示板に貼られ、

また読み書きを習った奴隷が写して配られました。
内容は「官報」の様なものと「市民の活動」を書いたものの2種類があったようです。

僕はこの二種類がある必然性が、ジャーナリズムにとって重要だと考えています。

報道されたニュースには、背景があり、文脈があります。

そこに気づかずに、あるいはあえて無視をするような取材や報道をしていては、

視聴者は正確にニュースを見ることはできません。

「部分」だけを見て共通の「全体」を感じるとは限らないんです。


「歴史学」と「民俗学」の関係もそうですが、

「地」として市民全体のことを認識しないと、

「図」としての事象なかなか伝わりにくいですね。

歴史の中での位置付けや、世界の中での位置づけをして、

初めて伝わることがあると思います。

それはまさに「見えないものを伝えること」ですね。

文脈や立場を曖昧にしてしまうと、偏ったものになってしまいます。

偏りというのは、それ自体が個性であり、主体があるのだから当然なのですが、

主体を隠そうとしたり、客観であると本気で思ってしまっている

報道関係者が多いのも事実です。

ですから、「知的障害者」などの繊細な問題はを報道することは、

とても難しいんですね。
見えない部分が多すぎるんです。

曲解されるかも知れないし、扱うこと自体で非難されるかも知れません。

しかし、それを乗り越えて、伝えよう、という心意気がなければ、

埋もれて行ってしまうことが多いのも事実です。

今回この仕事を通じて、障害者サッカーという世界を知りました。

先日このワークショップのゲストでもある

中村和彦監督の『プライドinブルー』を拝見したのですが、

それはそれは純粋で熱い素敵な世界でした。

「夢」とは何か。改めてその解釈の可能性が広がった気がしました。

「不足」から生まれる「物語」というものがあります。

もちろん、ニュースにだって物語性があるわけで、

その背景や文脈をどうすれば、伝わりやすくなるのか。

その「方法」をつかむ切っ掛けになるようなワークショップに出来れば、

と思っています。

みなさんと一緒に、見えないモノに対峙して、学んで行ければ、と思っております。

お会いできるのを楽しみにしております。

studioAFTERMODE 代表
ArsCombinator * ヤハギクニヒコ