「執着を手放す」
一度は聞いたことがある言葉
だと思います。
多くの場合、
それは断捨離や整理整頓の文脈
で語られます。
けれど昨晩、
この言葉がまったく違う重さで
胸に迫ってきました。
16歳になるまろの体調が、
急に崩れたのです。
普段はしないオシッコの粗相。
夜中に吠え続け、
お腹はゴロゴロと音を立てている。
年齢を考えると、
「このまま虹の橋を渡ってしまう
のではないか」
そんな恐怖と、
一晩中向き合うことになりました。
朝一番でかかりつけ医へ。
診断は「お腹の風邪」。
今流行っているらしく、
それだけ身体の機能が落ちている証拠
だと説明されました。
選んだのは、
いちばん身体に負担の少ない処置。
点滴を終えると、
まろは嘘のように眠り続けました。
実はその日の午後、
とても貴重なお話をいただいていました。
けれど、
この状態のまろを一人
にすることはできず、
迷うことなくキャンセルの連絡
をしました。
その瞬間、
「執着を手放しなさい」
そう言われている気がしました。
だから、決断は早かった。
ふと頭に浮かんだのは、
旧約聖書に登場する イサクの燔祭。
最も大切なものを、
本当に差し出せるのかを問う物語です。
以前、当時の私にとって
最も大事だと思っていたものを、
差し出せなかったことがあります。
未練たらたらで、
決断できなかった。
——少しは、
成長しているのでしょうか。
もし経営者として、
「正しい」と分かっていながら、
どうしても手放せないもの
があるとしたら。
それを差し出せと言われたとき、
あなたは、即座に決断できるでしょうか。
