秋深し、隣は何をする人ぞ

秋深し、隣は何をする人ぞ

表題の通り、自分の過去と現在を振り返る。
あとは、歴史とスピ系と子育てと闘病かな。
人生、山あり谷ありってことで。

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昨日、息子の通院日で、大学病院へ行ったんだが…午前中は大雨で、午後から晴れた。

 

だから、ぬれ落ち葉は滑るので、気をつけて歩く。

 

そのせいか、夜に就寝して1~2時間ほど経った頃、いつもと違う足の筋肉にこむら返りが...orz

 

しかも両足いっぺんに起きて、のたうち回った😭😭😭

 

小一時間ほどで治まったが、目が冴えて寝れない。

 

仕方なく、真夜中の一次に紅茶を入れて飲む。

 

一息入れた後、旧Twitterをしばらく眺めてた。

 

どれくらいたったころか、いきなり天井でドンという音が鳴り響く。

 

そう、まるでだれかが故意に強く足踏みをしたような、段差のある高い場所から飛び降りたような、ダンという大きな音だった。

 

一瞬、誰かが屋根の上にでもいるのかと思うほどだが…我が家は団地の最上階(3階)だ。

 

うん⁉…これって、昼間のせいか⁉

 

実は、病院帰りに、家を目の敵にしてくる親子がいて、逆恨みしてくる母子がいるんだが…奴らは、なぜかうちら親子を妬む。

 

そう、生霊だな。

 

また、飛ばしてきたかと思った。

 

両足のこむら返りも久しくなかったというのに、いつもはふくらはぎだが、今回は違ったので、なんだろうと違和感はあったんだよ。

 

で、家鳴りじゃなくて、ラップ音?だとしたら…強烈だな。

 

ふと、昼間の親子連れを思い浮かべたので、久方ぶりに生霊飛ばしてきたなと思った。

 

いるよね、自分の不幸を他人のせいにして、さらに思い込みで勝手な噂流し、逆恨みする奴って。

 

迷惑以外の何物でもないんだが、私は相手にしてないんだよ。

 

さらに言うと、うちらが三流大学病院へ通っているが、奴らは有名私大病院へ通っていると自慢してたんだ。

 

なのに、いまさらどの面下げて、三流医大病院へ転院してんだ⁉

 

散々悪口言ってたくせして、自慢してた有名私大病院じゃなく、さらに重症化して転院してんじゃん。

 

以前は普通に歩いてたんですよねえ、あの親子。

 

でも、今回見かけた姿は、自前っぽい車椅子に、福祉車両の軽で通院になっているので、唖然となる。

 

なんかさ、かわいそうという同情心より、「自業自得」と思ってみちゃった。

 

散々人を悪く言うから、逆恨み募らせ、陰口言い振らすからだよ。

 

最近、ここ2~3年はラップ音もなかったのにね、本当嫌なもの見ちゃったから、生霊飛ばされたっぽい。

 

子どもの具合悪さを自慢され、競って来られても…不愉快なんだわ。

 

もっと明るい話なら聞けるけど、ネガティブな話ばかりでいやなのよ。

 

頑張ってるよーって、前向きな話なら聞けるが、自慢とマウントばかりで鬱陶しいんだよ。

 

嫌いだったら、寄ってこなきゃいいのにさ、被害者面してくるんで被害妄想全開でキモい。

 

5年ほど見なかったのに…マジ勘弁。

 

 

 

また、地獄始まるんかなあ😱😱😱

 

 

 

 

 

昔、小6の頃、遠足で熊野古道にある近露へ行った。

 

その時に印象に残ったのが、乳岩という岩屋のある滝尻王子社で、今思うと彼方此方に磐座やら祠があり、巨石文明の痕跡が残る。

 

何なんだろうと思いながら、教育委員会の学芸員とか言うオジサン(お兄さん?)の説明に耳を傾けた。

 

険しい山道に獣道、細く続く参道は、苔むして石でできた階段は、朽ち果てて時間の流れを感じる。

 

こんな山道を、熊野詣で平安人は歩いて通ったとか…信じられない気がした。

 

そして、紀国風土記にも載っている伝説、奥州平泉の藤原秀衡とその妻の物語は、耳を疑った。

 

奥州平泉と言えば、現代の岩手県(東北)にある。

 

そんな遠い北の国から、この熊野古道を目指しやってくるとか…どんだけ信仰深いねんと思った。

 

しかも妻は妊婦であり、よくもまあ参拝しようとしたな…と感心する。

 

平安末期という時代背景の価値観とか、全く想像もつかない千数百年もの昔、牛若丸が、最後に落ち延びた先が平泉だ。

 

ちなみに、お供の弁慶坊の生誕の地と言われるのが、熊野古道の中辺路入り口にある田辺市だ。

 

ついでに言うと、中辺路には清姫茶屋がある。

 

清姫とは、歌舞伎などの演目で知られる道成寺に出てくる安珍清姫の登場人物で、大蛇になって、釣鐘ごと安珍を焼き殺す蛇女の事で、その清姫生誕の地と言われている里である。

 

他にも、史跡秀吉の一夜城とかもあるんだが、そこらへんは置いといて、話を戻すと…藤原秀衡は、妻のお腹に三人目の子どもがいたのに、険しい山道を通って熊野詣に訪れる。

 

その途中で、妻は産気づき、この岩屋で子どもを産んだ。

 

彼等は、生まれた赤子を連れてはいけないので、その岩屋に置いていったという。

 

いやもうそこで「無茶苦茶やなあ」と思ったが、こんな険しい山の中では、どのみち生まれた赤子は野垂れ死ぬ。

 

とすれば、置いていくしかないという時代だったと、そう学芸員は説明する。

 

いやさ、だったら最初から妊婦連れてくんなよ…と思う。

 

細かい事情は知らんが、兎に角赤子を置き去りにしたわけで、数週間後に参拝を終えて、滝尻王子社に立ち寄ってみれば、赤子はオオカミ(狼=大神?)に守られ、岩から滴り落ちる乳によって生きていたというお話だ。

 

もう、突っ込みどころ満載なお話なんだが…そもそも平泉から、わざわざ熊野詣する理由は何⁉と思って、学芸員に質問したら…答えられずに困らせてしまった...orz

 

『あ...大失敗💦』と一瞬思ったんだが、他の男子も同じ疑問を持ったそうで、私、空気よめねー奴じゃなくてよかったよ。

 

そもそも熊野権現って、その正体は何なんだと思うし、平泉との関係は何だろうと思った。

 

あれから45年経った今、思い浮かべるのは、東北と言えば日高見の国(日ノ本)だよなあ。

 

西日本とは異なる文明と文化がある。

 

和歌山は、北側と南じゃ文化圏(方言)が異なるんだよなあ。

 

だから、熊野三山と紀国一宮の日前・国懸神宮とは、行ってみればわかるが系統が違う。

 

また、明治の頃は、北と南で国が二分されるらしかったんだが、置かれる予定の県庁所在地は、実は今の田辺市だったという。

 

だけど、最終的に県庁は和歌山市に置かれることになり、紆余曲折の末、南北に長い県になったという。

 

そんな和歌山は、実は縄文時代の遺跡や集落が発見されたが、保存される事なく消滅している。

 

巨石文明の痕跡もあるし、何かあるんだろうなあとは思う。

 

その何かは、平泉との繋がりも解き明かしてくれるかもしれない。

 

そう思っていたら、you-tubeで海洋民族ラピュタ人というのを見た。

 

嗚呼、そういう事かと納得する。

 

鬼界カルデラ噴火というのが、縄文時代にあったようで、西日本は壊滅したという。

 

その時、西日本にいた縄文人は、海洋民族ラピュタ人と海外へ散っていったらしい。

 

それから千年以上の月日が流れ、再び西日本に戻ってきて住み着いたという。

 

うん、納得。

 

歓喜神社の遺跡とか、祀られているものに海外との繋がりの意味を理解した。

 

あとは、平泉に行ってみれば、何かわかるかも…知れません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

熊野古道 息づく伝承を訪ねて(1)赤ちゃん守った聖域/乳岩(田辺市中辺路町栗栖川):紀伊民報AGARA|和歌山県のニュースサイト