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アウトレットのアパレルブランドで働く洋服大好きの都。32歳。非正規雇用。彼氏は元ヤンキーの中卒、回転寿司屋の職人の貫一。重度の更年期障害で介護の必要な母。仕事、結婚、子供、親の介護、将来は不安ばかり。

 

ー私、森ガールの時幸せだったな。欲しい服が山ほどあって、お給料つぎ込んで次々と買って、お金がもったいないとか、将来が不安だとか全く思わなかったー

うんと若い時、私にもそんな時代があった。おしゃれな母の影響もあって洋服が大好きだった。明日会社に何着ていこう?次のデートに何着よう?ちょー安いお給料のほぼ全部を、ばか高い洋服にがんがん使って、自分の事だけ考えていて、先の事なんて全然真剣に考えることなくただその時その時生きていた。人の気持ちも考えず、一人前の大人みたいに偉そうな事ばっかり言っていたけど、あの頃の自分はただ若くて、愚かで、だけど許され守られていた。

でも自分の事だけをお気楽に考えてられていた時間なんてあっという間に終わってしまうのだ。

 

都、32歳。子供を持つなら、きっとそんなにモタモタしてられない。

でも、彼氏は中卒。優しいし、実際は賢い。好き。楽しい。すごく気が合う。だけど、こんな将来のない人といつまでも付き合っていていいのだろうか。

そんな折、父親の癌が発覚する。

 

ーもし自分が結婚せず独身のまま年をとって、同じような手術をした場合、誰がこんな風に切り取った臓器を見てくれるのだろう。誰が医者の説明を聞いてくれるのだろう。そう思ったら、自分という器の中に溜まっていた、子供の頃から両親が愛情をかけて満たしてくれた水が、ぐんと水位を下げるのがわかった。心細くて叫び出しそうだった。水がもうなくなってしまう。満たさなくては死んでしまう。泣きたいというよりは、餓えて掻き毟りたいような孤独に、都は唖然としたー

 

このまま一人なんて耐えられない。だけど貫一と結婚したって苦しい生活が目に見えている。

どちらかが病気になったら?親の介護が必要になったら?そもそも自分は子供を欲しいと思っていたんだっけ?

都の考えはまとまらず、ただ自転、公転するだけなのだ。

 

ー都さんの場合は、貫一さんに対して持っている不安って経済的なことだけですよね。都さんがそれをカバーできる程度に収入を増やしたらどうでしょう。都さんが持っている不安は、貫一さんの将来じゃなくて、自分への不安じゃないですかー

そよかに言われて都は絶句する。

でも、店長として上手く従業員やパートをまとめられなかった挙句繁忙期に仕事のボイコットされ、母の介護という口実で逃げるように職場を去った都。新しい職場で正社員になったとして、また同じような事が起きたら、、、。怖い、、。自分には前に踏み出す勇気も自信も全くない。それなのに相手にはあれこれ求めるというのか?

 

ー私はほんとにクズだ!と、突然叫ぶように思った。幼稚すぎる。話にならない。何も決められない、臆病な子供だ。自分の人生なのに誰かがなんとかしてくれると思っている。私なんか誰の役にも立っていないー

ー私には価値がないー

ー死にたいー

 

しかし結局は、貫一に愛想を尽かす決定的な出来事がハタハタと起こり、二人はそれっきりとなる。

小さく折り畳んでしまったはずの気持ちなのに、頭の中がまた彼のことでいっぱいになってしまったある日、都は、思い出す。

 

認知症の父親に食事を食べさせてあげていた貫一、東日本大震災のボランテイア活動に参加していた貫一、ぶっきらぼうだけど自分の時間やお金を他人に惜しみなく差し出せる人。

そして豪雨の被災地となった広島に急に思い立ってボランティアに行く。

ボロボロに疲れ果てたその時、都はようやく自分の偽りのない気持ちに辿り着く。

ー明日死んでも百年生きても、触れたいのは彼だけだったー

 

こうしたほうがいい、いやこんなことは無理に決まっている、頭で考えていても結局どれが正解かなんてわからない。

でもただ一つ確かなのは、自分にとってかけがいのないものは手放してはいけない。

どこに向かって流されていったとしても、それが自分の「軸」になるんだからと思った。

将来の不安なんて誰と結婚したって、いくつになったって消えない。いいことがあったり、悪いことがあったり。

不安に思ったり、いやなんとか平気かもって気持ちになったり。

だって自分も、人も、職場も、親も、取り巻く状況は刻々と変化していって、自分たちは一時だって同じ場所にはいないのだから。

そう、自転しながら公転している、23度地軸の傾いた地球がどこか宇宙の果てに向かっているように。

 

私の中の山本文緒さんの、最高傑作です。最近感想を書きたいと思える本も全然なくぜーんぶ読み流していた中、また読みたい、また書こう!と思わせてくれた久々の作品。心細い気持ちも、自信のない自分も、それでいいんだよ、大丈夫、ってすっぽりそのまま暖かく優しい何かで包み込んでくれるような小説。

今までの作品も好きだったけど、今回の作品は全く毛色が違う、山本さんの新境地とも言えるべきものだと思うのに、これが最後の作品になってしまって本当に残念でたまりません。まだまだたくさん読みたかった。同世代の作家さんが亡くなるのは、信頼する友達をなくしたみたいな気持ちです。本当に悲しいです。

 

ー別にそんなに幸せになろうとしなくていいのよ。幸せにならなきゃって思い詰めると、ちょっとの不幸が許せなくなる。少しくらい不幸でいい。思い通りにはならないものよー

 

鬱で苦しんだこともある山本さんの思いが託された言葉かな、そんな風に力を抜いて生きていきたいな。