新しい出会い
こんばんは。
今日はある彼のために書きたいと思います!
ごんちゃんは90年生まれの大学生(あー、平成生まれなんですのねー)
国語教師を目指してます。
国語は私が一番好きな教科です。
ごんちゃんが生まれる3年前、私は弱視者であることが発覚しました(遺伝でなかったので両親びっくり)。
翌年(ごんちゃん)生まれる2年前。
何とか無事に小学校入学。
11月24日両親の結婚記念日に入院。
当時難病指定だったアレルギー性紫斑病性腎炎と診断されます。
そんな私は入退院を繰り返し、通院を繰り返しました。
一応完治と言ってもらえた私は中学に入学。
同級生の男子からいじめを受けることになります(弱視だからね)。
地獄な毎日。でも友達に支えられながら何とか生き続けます(最悪なことを考えたときもあった)。
将来のことよを考えなければいけない中3の二学期不登校になります。
数学教師が原因だったからこの年になっても計算が超苦手(だから最後順位をつけるときに「現役大学生だから頼べばよかった」って言ったんだし)
高校を選ぶとき、普通科に行けなかった私。
中2の担任(担当教科理科)と中3の担任(担当教科体育)の相談の結果、福祉に進むことになります。
将来の夢は福祉関係に進むことになった。
進学して毎日新しいことを学べて楽しかった。
でも高校を卒業して新たな道に進むとき、私は公共交通機関を一切使えなくなってしまった。
親の車でも遠出出来なくなってた。
高校を卒業してから引きこもりになった。
自分でもおかしいなと思って父の知り合いのお医者様に精神科医を紹介してもらった先生に
(ごんちゃんの大学の先生)
パニック障害と診断していただきました。
あのとき本当にほっとしたな。
いじめを受けて不登校になった当時、友達は勿論、国語の先生に支えられた。
先生は私が書く文章は「順序に沿ってないけどとっても素直だ」と褒めてくれた。
そして、みんなに紹介してくれた。
私の考えを理解してくれ賛同してくれた。
高校に入って国語のテストで100点を取った私。
クラスメイトはカンニングしたんじゃないの?と散々言った。
でも、そんな中、先生がこうおっしゃった。
「他の教科の先生には申し訳ないけど、国語という教科かが一番難しくて大変」だと。
カンニングしてできる教科ではないと。
その人の本性がでる教科だからと。
私は今、韓国語に出会った。
言葉は人を傷つけ死に導くこともある。
でも、そのぶん人を救うこともできる。
それが言葉であり、国語なんだと
ごんちゃんにわかってほしいし、私がそうだったように、人を救う教師になってほしい。