Parallel History

Parallel History

The world is running in parallel on the same time axis.

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歴史を紐解いた今だからこそ言えるが、
我々の祖先は長く寒い氷河期を乗り越えてきた。
あまりに長期間に渡る氷河期は
我々の都市生活や社会制度はおろか、
発明、発見、工業、農業、ありとあらゆるものの
やり方を忘れてしまった。

建物は凍り付き、書類は風化し、
エネルギーの乏しい生活はあっというまに
我々を太古の暮らしに戻していった。

使う先のない知識は、とくにそれが口頭伝達に
頼らなければならない状況においては、
あっと言う間にかけらもなくなってしまった。
三世代も経たないうちに
多くの文明はだれの記憶からも消えていった。
もちろん、いくつかの建造物は凍り付いたまま
残っていたものの、
それをどのようにして建てたのか、
なんのためにそれらは建てられたのか
分からない不思議な遺物、オーパーツとして
祖先を崇めるためと、
氷河期という天地の圧倒的な力を
崇めるために
祈りの場となっているのみだった。











ものごとの始めと終わりが繋がっているというのは、
ほんとうにあるようでいて、
実際はそんなに多くそういうことというものは
存在しない。

ただ、始めと終わりが繋がっているという感覚は、
とても僕らがそのものごとを理解する上で
しっくりとくる。
ブームが再来するとか、生まれ変わったら・・・的な
輪廻みたいな感覚というのは
なんとなく落ち着く気分になる。

僕らが歴史を紐解いてみると
その歴史として積み上っている出来事の数々は
原因がありその結果として起こりうるべくして
発生しているイベントが数少なくない。
そして、それらが積み重なっていくなかで
我々人類は英知を使うことで
徐々に社会を発展させていった。

我々人類の歴史が
すぐにまた最初の時点に繰り返してしまっていたら
我々はこんなにも発達した社会生活を営むことはできなかっただろう。