​ 観るチカラを、生きる糧に。 ー SCREEN(私設)研究所 -209ページ目

​ 観るチカラを、生きる糧に。 ー SCREEN(私設)研究所

観る映画が、あなたの、わたしの、人生のヒントになる。
ここは、SCREEN(私設)研究所。

潜在数秘術×映画で
「観る」ことと心の関係を
映画を通して読み解いていきます。


大してサブカル好きでもなし、
なんで観に行く気になったんだろうかと、自分でもよくわからなかったけど
サルヴァドールくんも言ったじゃないですか
「天才を演じきることで天才になれる」
・・・自称天才に弱いのよね、昔からw





好きか嫌いかで言ったら
好きではない。と思う。
同じクラスにいたら
絶対近寄らないタイプじゃないかと(笑)



本人のコメント付き音声ガイドを片手に巡り歩いていたら
気になってた理由が少しわかった気がした。
昨日観た菊次郎さんにどこか似てるんだ。
一緒にするな、と双方から言われそうな気がしますが(笑)
立ち位置と手法が違うと言えばいいのかな。
片やカメラ、片や絵画(ひとつで括ってよいものかしらん)か。



そして一番気になる一点は
“いまを生きてる”ってところで
生きてる人の数だけ
現すことは違うという
ごく当たり前のことを並べて観ちゃった感じ。




52階からの眺めを
「トウキョウの街って箱庭みたい」と感じながら、そう思った。




$エンドロールは観る?-考えない人

個人的には「あぜ道」が観たかったな~
(19日で展示終了でした)
写真は、唯一撮影を許された「考えない人」
音声ガイドの本人のコメントには激しく同意。
・・・考え事は、歩きながらします。



会田誠展:天才でごめんなさい|森美術館





東日本大震災から数年後
再びの大地震
そして原発事故。




息子がなんでああ弱々しいんだろうと
多少イライラしつつ観ていたけど
嫁さんと父ちゃんがああ強力だと、力関係のバランスはそうなるのかな~
なんて思いながら観ていた




お母ちゃんがああでなかったら、もっと違う展開になったのかな
お母ちゃんがああだから、もっと違う展開もある。よな
・・・強制避難も自主避難も
どこ行くのも行かないのも
家族の数だけあったのだから




「フクシマを思い出せ」

迷い
苦しみ
悩み
悔しさ
無念さ
???


何を思い出せばいいんだと空虚に感じてしまうのは
まだ、只中なのか
フクシマ、というキーワードで見てしまう、傍観に近い感覚なのか
よくわからない






津波に襲われた地域へ、家族と家を探しに行った若い二人

何もない雪の野原で
二人連れの幼い子どもと出会う

何してるの?と聞くと、探してる、という
「ビートルズのシングルレコード」・・・幽霊にしか見えなかった
次に振り返った時には、姿もなかった






いっぽ、いっぽ…
過去から
先人から
学べ、とでも言うのか





ここで
映画館でこの映画を観ていられることがもう
傍観側じゃないか



泣くのも勝手だ
感動なんかとてもできたもんじゃないが



ただ、ただ
その覚悟を
見届けるだけ。


公式サイト





エプロン?にアイロンかけてる姿を見て
あ~ウチとおんなじアイロン使ってる~♪と変に親近感感じちゃったけど




いや、観るトコそこじゃないでしょ。







マクロビを知った頃、よく耳に目にした
「ていねいに暮らす」って言葉
何よその変な日本語、くらいに思って嫌っていた






そのくせ、とかく「食べること」が雑になってることは、身を持って感じていた
そして玄米ご飯から始まったなんちゃってマクロビは
冷蔵庫から多種多様な混合調味料と牛乳を追い出し
電子レンジを土鍋に変えて、粉ものが減り未精製に傾き
去年の今ごろ食養生を知るに至って
・・・なんか良い感じのつもりでいたけど、この胃腸には玄米が合わなかったのか
まんまと通院する羽目になり
なんちゃってはやっぱりなんちゃってなんだな・・・なんてプチ反省してたけど






不思議だった
鰹節の出汁をきつく感じるようになった
すっかり豆乳に慣れて、牛乳を飲めなくなった
ジャンクフードに胸焼けするようになったり、そんな自分の体の変化
味覚の変化?何が違うんだろうって
アレルギーみたいな体の反応なのか、ただ嗜好が変わっただけなのか





同じ頃、TVで
辰巳さんがつくる煮しめを見て、真似してみたけど
砂糖醤油漬け並みに濃い味しか受け付けない家族には見向きもされず((T_T))
だけど自分的にはやっぱりこっちだなと
いつか上手に出来たらと思っていた






卵焼きをつくるシーンで
10個の卵を、卵と卵をぶつけて割る手つきが何だかすごく優しげに見えて、見とれてた。
辰巳さんを見ていると
とにかくよく見てるんだな、と感じる。
人参に包丁を入れる様も
「野菜がまごつかないようなヘラ使い」も
・・・包丁を握りながら、鍋の中の野菜を見ながら
食材の向こう、生産者さんたちまで見ていて





そして、つくるものの行く先まで見てる。
病に倒れた父を支えたという「いのちのスープ」
口にした人は、それぞれの素材の扱いに感嘆し
自らの、いつかの思い出とつながっていく



ポタージュっていうとインスタントしか知らない時点でダメダメですが(笑)
見てると、作ってみたくなってくるね。
今のウチの装備じゃミキサーないから無理なんだけどさ。
ブレンダーぐらい買っちゃおうかな。





「食べものの用意はいのちへの祝福」
きっと、外食じゃほぼお目にかかれない味なんだろうな
できるだけ美味しくつくって食べさせよう、っていうのは
もとより対価を求めていないもんね。


=愛することだというなら



食べさせる家族のいない私は
せめて自分を労るために
さて、何からつくろうか。


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天のしずく 公式サイト
脱原発デモの隊列に
カメラを向ける姿



同じくカメラを持つ“後輩”たちへ
向けた言葉

「問題自体が法を犯したものであれば
 報道カメラマンは法を犯してもかまわない」

そして 南相馬
瓦礫の山の前で
カメラを構える姿




…カッコええー
惚れ惚れするわ。





軍国青年だった20代
ほんの数日ずれたが為に
原爆を逃れ 迎えた終戦



そして
「嘘」に
カメラを向け始めた






・・・ひとつ驚きなのは
広島で
被爆者を捉えた写真で
賞を受けてから
プロになったんだね。

祝島が出てきて
ドキッとした。

そうか。そこにつながるのか。






原爆の犠牲者達から始まり
安保闘争
自衛隊
三里塚
公害
そこに写るのは、いつも

戦う人たち、だ。



平和ボケの
このアタマがクラクラする
・・・カッコええーとか
言ってる時点でボケてるもんな<苦笑





老犬ロクとのふたり暮らしでみせる
飄々とした様は
ほのぼのした風にも感じられるが

歯に衣着せぬ
その言葉は容赦ない

その姿勢は
暴漢に襲われ
重傷を負っても
自宅に放火されても
変わることはなかった





そして、フクシマ。
「表に出ないものを引っぱり出して、たたきつけてやりたい」

執筆中の原稿が
ヒロシマからフクシマへ繋がったのは
これも必然、だろうか。





ラストは
初めて撮った被爆者
杉松さんの墓参りをする菊次郎さんだった

墓の前に座り込み
長い長い沈黙の後

「ごめんね」

と一言だけ



その声の弱々しさに
シャッターを切ったその数
25万枚ともいわれる 膨大な“真実”の
たくさんの思いが
見え隠れしているようで


エンドロールが始まるそばから
もう一度観たいと思った。





公式サイト


----------------------- 2012/10/28 追記

どうしてももう一度観たくて、リピート。



「敗戦」って言葉に
ドキッとした。

・・・当事者にとっては
「終戦」ではなく
「敗戦」なんだ
と気づいて

私にとっては
教科書で習った「戦争」だから
「終戦」だけど。



同じように

「ごめんね」の言葉は

あの時からずっと
ご本人の中では変わらず
“いま”なんだと気づいて
ますます泣けて


見届けなくちゃ
という思いを新たにする。



-----------------------2013/2/21 追記
新宿へ出かけるタイミングで
翌日まで上映中と知り、いま一度。



泣ける。
やっぱり泣ける。
泣かずに観られますかい、ってなくらいで

だけど悲しいんじゃなくて
なぜか希望を観ちゃうんだな。



☆☆☆☆★



菊次郎さんの数字は
22-3-7のトライアングル

突き詰めずにはいられないのは
世界を見渡しているからで
極端に振り切れてこそ
観る人を惹きつけるんだ


それも、数の仕合わせ。




★★★☆☆

3/28は潜在数秘術の日♪

オープンセッション

https://ameblo.jp/sna-jp/entry-12435177055.html



オープン・セッション・ナイト

https://ameblo.jp/sna-jp/entry-12435470659.html





《かずの葉の庭》主宰

|★|高橋 早苗Facebook

日比谷図書文化館 日比谷コンベンションホール



『故 星野道夫に捧ぐ』



撮影を予定していた人が突然いなくなったことを告げて、映画は始まる。
ザワザワと心を波立たせられて、これ以上この話を聞いていたらオロオロしそうなタイミングで、
カメラはフリーマン・ダイソンを追ってカナダ・ハンソン島へ飛ぶ。
初めて観た時には分からなかったこの構成が、今ならよくわかる気がするから不思議だ。
・・・フリーマンとジョージのことは、さらっと触れただけで終わってしまうけど
ここから、「宇宙船とカヌー」につながったからね。



改めて解説を聞いていると
ミチオとジョージとナイノアは同年代なのよね・・・
フリーマンの、深いけど、どこか楽観的にも聞こえる言葉は
未来を信じているんだな、と思わせてくれる。



そう、フリーマンの言葉にホッとしたのもつかの間
また、さっきの心のざわつきに戻ってしまうんだ。
ここにいない“ミチオ”を追う旅・・・
彼が心惹かれたアラスカの人々をカメラは捉え、皆それぞれに彼を語る
そこに、悲しむ気持ちはあるけれど、誰もが、彼を近くに感じているようで
・・・軽くうらやむ気持ちさえ持ってしまうから不思議。
自分が、何に対して泣いているのか、わからなくなってくる。





2003年からシンクロしていた、東京プロフェッショナルズ主催の上映会
あの頃はただただ、ボロ泣きしてただけだったような記憶しかないけど

KNOBさんのディジュリドゥとのシンクロは、第三番だけじゃないからもう数えきれないくらいで…

ただあの時は、ある意味現実逃避もあったなーと、今は思う。
母が逝って、受け止めきれなくて
父と、兄とも向かい合う勇気も持てずにいて。



その、泣くのに忙しくて素通りしていた部分が
あるシーンだったり、ある言葉だったり、するすると入ってくる感じ。



この映画を初めて観た頃
私には「死」は遠いもので、近く感じるような出来事もなかった
今は、ボブ・サムのくだりやウィリー・ジャクソンの言葉が
遠い遠いアラスカの誰かの言葉、ではなくて
ずっとずっと、確実に、近い。



『魂を語ることを怖るるなかれ』
どこにいても、どことでもつながっているって考えられるなら
ずっとずっと、楽に「ココに」居られる。





チーム滴ガイアシンフォニー上映会&対話会

GAIA SYMPHONY Official