「やりとりがほぼないから、さようなら」という旨のメッセージを頂きました。
私がやりとりを続けなかったのは、最初から敬語がなく非常に軽い対応だったから。
「サンキュー!!」...
おいおい、パンサーかよ超寒いと突っ込みたくなる。
「サンキュー」ではなく「ありがとうございます」ではないか?
年上の方から言われるならまだしも、5つ年下の初対面に敬語なしで話されるのは不快でした。
なので、なんら断りもなく敬語を使わずに話されるのは不快だったためやりとりを控えましたとお伝えしたところ、ブロックされました。

  子  供  か  。

あ、これが所謂ゆとりというやつですかね?,、’`,、 (´∀`) ,、’`,、
私より年上の方や初対面の方に対しては、敬語なしにしようと言われない限り、私は敬語で話します。
そうでないと失礼だと思うから。
ちょっとくだけた感じならまだいい。
しかし、最初からくだけまくっていましたからね。

それから、「やりとりがないから」とのこと。
話したいというのであれば、自分から話題を提供するなりなんなりしたらどうなのだろう。
あまりに腹が立ったのでこちらから話題を提供することはありませんでしたが、
無言でいても居心地のいい関係が私はいいなと思います。
無言もコミュニケーションの一種ですもの。
連絡が長い間なくとも、会えば楽しいと思える人が沢山いる。
10年間会っていなかったのにも拘わらず、「明日会える?」とかね(笑)
連絡が遅くなってごめんねと言う方がいるけれど、急用でなければ連絡をくれるだけで十分嬉しい。
そういう関係性がとても好き。

ブロックしてきた方は相手のことを一切考えずにクイックレスポンスでいーっぱい話題提供してくれて敬語なしでバンバン話せる人以外お断りということなのでしょう。

言葉はね、とても大切なものだと思うのです。
「バカ」という言葉ひとつとっても、「バーカ♡」だと愛情たっぷりの言葉になる反面、
「馬鹿!!」と罵れば侮辱的な言葉にもなる。
使い方次第で受け取り方が変わる。
自分はそう思ってなかったと言っても、受け手が不快と感じれば不快な言葉なんだよ。
いじめと同じでしょう?
それに気づいていない人が多い。

ツイッターを見ていると本当に不愉快な場面に沢山出くわす。
例えば「来たければ来れば?」。
「来てくれたら嬉しいからおいでよ」となぜ言えないのか?
少し言い回しを変えるだけで相手が受け取る印象が変わるのが言葉のよさ。

言葉に苦しんだ一方で、言葉で救われたこともある。
それが本当に嬉しくて言葉で人を救える職を目指した。
句読点の位置や「!」「?」、顔文字、全てを駆使して言葉を考えている。
どうしたら喜んでくれるか、どうしたら傷つけないか、
どうしたら励ますことができるか、どうしたら相手をぶちのめすことができるか。
常に考えて言葉を発している。
私はそれが当然だと思っているから。

ブロックしてきた方もいつか言葉の大切さに気付いてくれることを願っています。