先日、大きな気付きがありました。
それは、
「私は、誰でもない」
ということ。
私は、中学生の頃からデザイナーに成りたい!と思っていたので、
「自分」とか、「私の」とか、アイデンティティーを大切にしてきました。
自分らしくあること、自分にしか出来ない事、自分であること。
が大切だと、信じていました。
信念となっていたと、思います。
クリエイターの世界でいると、他の作品との差別化や、個性、などが大切に思えますし、
それがないと、作品を創っていけない、そんなような事も思っていたと思います。
人間において、きっとそれも大切だと思います。
大切に思う信念も素晴らしい事だと思います。
先日、ふと。本当にふと。
自然の中を歩いていて、感じたんです。
「ああ、私は誰でもなかったんだ。誰である必要もなかった。」
「私は誰でも無ければ、どこにも居なくて、
そして誰でも在るし、全てに存在してるんだと。」
先日ブログに書いたビジョンは随分前に高次の存在から見せられたビジョンで、
その時よりも、鮮明に知った、という感じです。
この世界、は全て自分自身で、
それでいて、この世界は全て自分ではないんです。
「私」、と限定してしまった途端、「私」は急にちいさくなって自分の身体に収まってしまうのです。
小さな自分の身体にいると、視点もその身体から、聞こえるのも耳から、感じるのもからだにおいて。。。
でも私は、誰でも無い、と思った瞬間、たくさん沢山、自分につけていた、~でなければいけない、
~であるべきだ、とゆう、信念だと思っていた観念が、なーんにもなくなるのです。
とても軽くて、そして全ての感覚は一気に宇宙の果てまでも拡がります。
ああ、本当は全て1つだったんだ。
と、セドナで初めて経験したエンライトメント。。の全てと1つになった感覚になります。
おもしろいですね。
分離を経験してるからこそ、の経験です。
本当にありがたいです。
感謝でしかない。愛でしかない。それだけ。
そんな感覚です。