遡ること、2月初め…実家の父が最近体調が悪いらしいと聞いていました。
実家に行っても父母宅には行かず、もう一軒の方で母と話していて、考えてみたら…父とは4か月くらい会ってない時でした。
昨年もコロナで極力人と関わりをもたず生活し、外出も最小限にしていたのでそんなに気にもせず。
父の体調が悪いらしいと聞いていたけど、散歩は行くし、喫茶店にも行っていると聞いていたある日のこと、
たまたま実家に行った日に「病院に連れて行って欲しい…」と父母に言われ。
母も一緒に病院へGO!車に乗せる前に手の除菌をさせまして、病院に送って帰宅したところ病院から電話がありました。
(母)…お父さん、死ぬかもしれない…先生と電話かわるね!と
先生曰く、呼吸が低下し酸素量が低下、このまま最後を迎えるのが通常になります。
コロナに感染して肺炎を発症し、ここまでひどいと回復がほぼ無理なので治療せずに自然に任せるということになりますねぇ…って言われてビックリ。
確かに車に乗っているときの呼吸が聞いた事ないほど「音量」出てたので、なんとなく想像はしていました。
とりあえず、何%くらい助かる確率ありますか?とお聞きしたら…先生、「上の先生に聞いてからお電話します」って。
へ…研修医の先生かな????
母に電話すると、父は酸素をもらって話せるほどの元気。どうやらスゴイ肺炎だけど高濃度の酸素を吸っているので頭がさえて話せるらしく…そんなに元気なのにこのまま死なせるの?と思いました。
上の先生からお電話があり、まず65歳以上は神器具の「エクモ」の装着が出来ないと言われました。
日頃から運動していることと、ふくよかな父は体力があること(痩せてる人は不利っぽい)と良い事もありましたが、喫煙していた時期が長い、糖尿病、初期がんを以前していることがかなりのマイナス面だと説明を受けましたがわずかな望みを持ちお願いしました、上の先生のおかげで即転院先がみつかり、即ICRへ入院&人口呼吸器装着することが出来ました。
転院先の先生からの説明。使う薬(コロナ)…この頃は5種類くらいあってアビガンしか知らない私はもちろんお任せで。
今後の病気の事、生活の事(寝たきり・車いす・)当然今夜にも死ぬかもしれない事。葬式の事も。
病院は、お見舞いも行けないので全て看護師さん任せになり、今回は病院の物を全て料金を払い使いました。
人口呼吸器は幸い3日で外せて、歩行も可能、今現在父の肺も綺麗になりました(先生が一番驚いていました)
そんなこんなで私の春は、先生からの毎日の経過の電話と仕事で季節は過ぎました。
車で送っていっただけの私ですが、PCR検査も受けました。(陰性)
母はコロナ感染で自宅待機、他の家族も全員(陰性)は2週間自宅待機。という事で全て私が仕切らなくてはいけなくていろいろ考えることが多かったです。
丁度、病床が空いている頃たったのでなんとか生還することが出来ました。本当にありがたいです。
そういえば、父に聞いたところ…病院に行って気を失ったそうでその後の事、看護師さんが私と母に「お父さんとはこれで最後かもしれないのでお話してください」と転院への救急車待ちの時にあった会話~ICUから出るまでまったく記憶が飛んでいたのでした。
ただ、三途の川の手前までは歩いていたようで、道が急に険しくなり先に進めなかった事は記憶しておりました。
全国、大変な状態です。早く元の生活に戻れますように。
