君の秘密になりたい。授業中、真剣な顔で黒板を見る顔が好きだ。休み時間に大きな声で話す女子達の中に君はいて、同じような集団の中でも君はいつも輝いていた。時折聞こえてくる笑い声も好きだ。どんな顔で、どんな仕草で話すのかが気になって君の声がする方を見ようと思ったけど目が合ったりしたら嫌だからしない。学校の中の人間はみんな一様でくだらない、有象無象に見える。僕も君もその中の1人に属している筈なのに君だけは特別だった。ありきたりな表現だけど僕にとっての太陽みたいだと思った。
君と他愛もない話をするとき、君の目はあまりにも真っ直ぐすぎて僕は後ろめたいことはないのに目を逸らしてしまう。まともになんて見られないから、冗談を言って笑う君を盗み見る。そんなことしかできない僕のことを君がたくさん考えてくれたらいいなと思うけど、そんなことがあるわけもない。けど、やっぱり僕は、君の秘密になりたい。

君は下校時間ギリギリまで学校にいるらしいと聞いた。僕はいつも一番に帰ってしまうから知らなかった。勉強するふりをして下校までの時間教室に残ってみた。だんだんと人が減っていって、開いたまま手付かずの僕の真っ白なノートは黄色い光に染まっていく。そのうち教室は君と僕が2人きりになったけど、一言も話せないで日は沈んでしまった。また明日。

日々が流れていって、夏がもう少しで終わる。日が短くなって、もう少しで学校の閉まる時間が早まってしまう。いつもの通り君と2人きりの教室に残っていると、部活なのかどこからかピアノの音が響いてくる。その少し物憂げな旋律が黄金色をした校舎に響いて、2人きりの教室を包む。どうにかして話しかけようと思った。普段話さないわけではないのにこんな時は本当に苦しい。話しかけてみると案外簡単で、下校時間まで勉強をやめてくだらないことを話した。君の笑顔が黄色い光に照らされて輝いていた。下校時間になったので2人で歩いた。駅までの気が遠くなるくらい真っ直ぐな長い道をゆっくり歩く。さっきまで黄色かった街は、夕陽が紅く染め上げていた。
夏が終わってしまう、と君は少し寂しそうに言ったけど、俯くその横顔は低い太陽に隠れてしまってよく見えなかった。駅に着く頃には太陽は街の建物に隠れてしまって、暮れなずむ街で僕らは反対方向の電車に乗った。どこからか吹いてくる風は冷たくて心地よく、もうすぐ秋がやってくる。

下校時間が早くなっても僕は教室に残った。君はいなくなった。でも、もう一度あの笑顔が見たくて、透き通るような声を独り占めしたくて、そんな奇跡を信じてできもしない勉強をした。今日も君は来なかった。一人で駅までの道を歩いていると、君の後ろ姿が見えた。隣には背の高い男。誰かはよくわからないけど、脈が速くなって体の力が抜ける。どうにか正気を保って駅まで着いたが着く頃には完全に日が暮れていて、さっき見た景色を映すように夜空を見上げた。少し肌寒いくらいの風とアイスのような星達が身体を冷やしていった。
アスファルト舗装の路地裏には誰もいなくて、爆音で音楽を聴いた。アルペジオは秋の風だけを運んでいる。上を向いて歩こうなんてことは思えなくて、わざとらしく涙が零れるように歩いた。

僕にとっての太陽だった君は、夏の終わりとともに沈んで見えなくなってしまった。君がいない生活はいつまでも夜のままで、世界が終わってしまうような夜が続いていく。あの日、僕の知らない男と歩く君の後ろ姿を思い出すと勝手に溜息が出る。その度に、僕の形も無くなっていくようだ。

明日こそは何かが変わって、もう一度あの夏の日みたいに戻れるかもしれない。そんな淡い期待を抱いて、君のことを考えすぎた頭では眠れもしないのに寝ようとする。僕は君の秘密になりたかった。けどもう太陽みたいな君はいなくて、朝は来ないのかもしれない。こんなことは誰にも話せなくて、というか話す友達なんていないんだけど、だから少なくとも僕の秘密にはなった。あの日くれた笑顔とか言葉はいつまでもキラキラ輝いて残っていて、僕は多分それを馬鹿みたいに大切に、秘密にし続けるんだろう。だけどもう一度、もう一度だけでいいから僕の日々に朝日が昇ってその真っ直ぐな目で照らしてくれたらいいのにな、と思う。

また眠れなくなった。多分今日もまた眠れないけど、眠れないから、嘘っぽい寝息だけを立てて次の朝を待つ。こんな夜を乗り越えて太陽が昇ることを待ち望んでいる。