虫屋とう吉
とう吉の主食は昆虫だった。
彼の住む村では、それぞれの家族で独自に食物を生産する習慣があった。とう吉の家族は代々、様々な昆虫を育て、それを食べ暮らしてきた。昆虫の中でも主にイナゴやバッタ、蜘蛛などを養殖して食べていた。
とう吉は、この食生活に嫌気がさしており、両親を亡くした頃から昆虫食をやめたいと考えていた。彼は他の家族のように、肉や魚を食べてみたかったのだ。
肉や魚を食べる家族は、それぞれ食材を持ち寄って、物々交換を行うことで、様々なものを食べることができた。しかし、とう吉が育てた虫と、食材を交換してくれる家族は、今までいなかったのだ。
どうにかして色々な食物を手に入れる事ができないか、とう吉は日々考えていた。
いつものように頭をひねっていると、喧嘩をしている大人の姿が目にはいった。
「やれやれ、また肉屋と魚屋が喧嘩をしているな。」とう吉は呆れた様子でつぶやいた。
食材を交換する際に双方の意見が合わず、喧嘩になる事がたびたびあるのだ。大人の喧嘩は歯止めがきかず、死者がでることもあった。どこの家族でも自分達が育てた食材に誇りがあり、その価値を下げることは許せないのだ。
肉屋と魚屋が睨み合い、手に汗握る状況の中、とう吉がポケットに手を入れると何か小さく硬いものが入っていた。
「これを使えば争いを止めて、あの食材も手に入るかもしれない。」とう吉はひらめいた。
「やあやあ肉屋さんに魚屋さん。そんなに恐い顔をしないで、私がもっといい物と交換してあげますよ。」
「虫屋のとう吉か、生憎お前の家族から欲しい物はない。」血走った目で、肉屋が応えた。
「魚の餌の為に魚をやる訳がない、お前はひっこんでいろ。」魚屋が冷たく言い放った。魚屋が使うエサは、その辺りで捕まえられる程度のもので、わざわざそれと魚を交換する必要がないのだ。
「私が持っているのは、食べる虫じゃないですよ。」と、とう吉はポケットから黄金色に輝く小さな虫の死骸を取り出した。
「なんだこれは?」「確かにきれいだが、食べられないなら必要ないし、食べる気もわかない。」
肉屋と魚屋は黄金虫をとりあげ、つまらなそうに見つめた。
「これは肉や魚はおろか、野菜や果物にまで変わる虫なんです。」と、とう吉は自慢げに話した。
「これが肉や魚になるだと?」
「誰も交換してくれないから、俺たちを騙そうっていうのか?」肉屋は呆れて笑っていたが、魚屋が怒りを我慢しているのを察して、とう吉は続けて話した。
「あなた方が大変美味しい食料を生産していることも、それを交換する際にたびたび死者がでていることも知っています。どの食料も尊敬している私が、この黄金虫の数で食料の価値をきめましょう。争いも無くなりますし、食料を持ち寄る必要もないです。とても便利だと思いませんか?」とう吉が急いでまくしたてると、肉屋と魚屋はしばらくポカンとしていたが、納得したのか、
「他の家族に聞いてみよう、お前が言うように何にでもなるかも知れん。」とつぶやくと魚屋は黄金虫を持って帰って行った。
「もしあれが使われるようになったら、俺たちの肉の価値を上げてくれよな。美味い肉を食わしてやる。」肉屋はにやにやしながらとう吉に詰め寄った。
「均等に決めないと黄金虫の価値がなくなってしまいます。そしたらまた、争いが起きてしまいます。ただ、より良い食料にはいい価値がつきますよ」とう吉がおだてると、肉屋は
「状態だよ。」と笑いながら吐き捨て、帰って行った。
「しめしめ、うまくいったぞ。今日から虫屋は廃業して、金屋として黄金虫をつくろう。」
とう吉の思惑通り、村では黄金虫が流通し、彼が決めた価値でいい物は高く、出来の悪いものは安く取引され、争いもなく平和な生活が続いた。とう吉は、自分の1日の働きに見合った価値の黄金虫を懐にいれ、それを持ち出し、様々な食料を食べることが出来た。
黄金虫を作りすぎれば価値が下がることも、とう吉は気づいており、ほどほどの量ですませていた。
そんな中、自分達の食料の価値が低かったり、食料を作らないが、有意義に暮らすとう吉に、不満をもつ家族があった。不満は不満を呼び、声には出さずとも徐々に村人全体の心の底に浸透していった。
そうなることも、彼は覚悟しており、村の王のようなこの生活には仕方がない対価だと、彼は受け止めていた。
10年程時が過ぎ、すっかりこの習慣が定着したころ、震災が続いた。大きな地震、それによる津波や山火事、そして田や畑は荒れ、家畜や船は流され、どの家族も食料を作れなくなってしまった。幸い、保管していた食料で生活し、復興を進めることができたが、どこの家族も自分達が食べる量しか食料を作ることが出来ず黄金虫で交換しようとする者はいなくなってしまった。
ただ1人とう吉だけは、食料を作れずにいた。
「何でもいいから、食べる物をくたさい。」
とん平はやせ細り、ボロボロになりながらも黄金虫を抱え、家々を回った。だが、村人の心のそこに沈んだ不満からか、彼に食べ物をくれる者はいなかった。
「お前、虫屋のとう吉だろ?その虫を食べればいいだろう。」村人は黄金虫を指差し、とう吉を追い出すのだった。
とう吉は涙をこらえながら黄金虫を口にいれるも、長期保管できるように加工したそれは硬く、スカスカだった。
村の復興が終わる頃、とう吉は黄金虫に囲まれながら飢えが原因で亡くなった。
また、黄金虫が流通し出したものも、とう吉のような第三者がいない中で、均等な価値をつける事が出来ず、家族どうしの争いは大きくなり、やがて黄金虫を狙っての強奪、殺人が流行りはじめ、とう吉が死んだ1年も経たずに村は滅んだ。