序章

 

 この世界は1人の女神によって開かれ、彼女から産まれ出でし4人の神々と共に世界は誕生した。

   この世界は大きく5つの大陸に分れ――
 ドラコ大陸
 モルス大陸
 オブリーウィロー大陸
 アルキュミア大陸

以上4つの大陸に1人ずつ与えられた大陸を守護している。

 最後に4大陸の中央に位置するエテルニタニス大陸は――
 世界を開き強大な力を有する女神が守護をしている。

 5人の神々と5つの大陸には、神と契約を交わせし国――神王国(しんおうこおく)というものが存在する。5つの神王国には独自のルールがあるが、それはそれぞれ神王国の秘密……。

 神王国は神々と契約を交わせし国として周辺の国々より敬意が払われていた。
 でも、これは千年以上のお話……。

 

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                 1   出会い
              


 国境の山道をのどかな景色とそぐわない物々しい警護に豪華な馬車が何台も列をなして走っている。
 その中でも中央にあるひと際豪奢なロイヤルブルーに金銀が絡み合うよう縁取られた馬車からひと際甲高い声…叫び?声がとんでくる。


「私、絶対に承服出来ません! 真白姉様今すぐ引き返しましょう? 遅くはないです!こ…こんな事絶対に許される事ではありません! 姉様を、姉様を……こんな恐れ多い事――…!」


「――そう騒ぐでない、瀬里那」


 でも……とまだ言い足りないとでも言うようだが、窘(たしな)められ少ししゅんとし口を噤(つぐ)む。

 艶やかな黒い髪を細く綺麗な指先で絡ませ、瀬里那はそれでも…と茶色の瞳をキラキラ輝かせながら静かに窓の外を見ている真白をこれでもかと見つめている。

 そしてその痛い程の視線を受けているのがたまらないとばかりに窓の外を見るのを止め、青灰色の瞳をゆっくりと重たげに…瀬里那へと視線を向ける。


 どきんっ――…!!


 瀬里那は思わず赤面する。

 目が合わせられないっっ……!!
 こうして一緒の馬車にいるこの空間でもどきどきして緊張するのに…しかも姉様に見つめられるなんてっ――!!

 両の手で高鳴る胸を押さえ込む様に胸の上に重ねるも、そんな事では収まらない。

 胸の動悸で目頭が熱くなり涙が零れそうになる――と言うか、馬車に乗ってからずっと姉へどうにもならない事をきゃんきゃんと泣き叫んでいたのだから、涙が零れると言うのは今更って言うのでもないが……。

 そんな瀬里那の心の声を分かっているかの様に、真白は透ける様な白い手で瀬里那の顎をくいっと持ち上げ自分の顔近くに引き寄せる。


「――案ずるでない、何もこれが永遠の別れでもない。ロードリックが…父上が決めた事。仕方ないではないか」


 そう言い終わるとゆっくり瀬里那の顎から手を引いて真白はまた窓の外へと視線を向ける。
 何も関心がないとでも言う様に……。

 だけど瀬里那は違った。
 「父」と言うキーワードで我に返る。


 そもそも事は20年前――。

 彼女達の父親であるロードリック・クリシュナーはエテルニタニス大陸の中央にあるセレンディーナ神王国の若き神王(おう)として南の新興国エアリス王国の王と親交を深め、友情から…意気投合しつつ……ついに酒宴の席で気を良くした王達より、同行していた当時4歳になるエアリスの第一王子へ娘を嫁にやる――と後先考えず大きな声で宣言した。


 まだ産まれてもいないというのにっ!
 どれだけ無責任な馬鹿父達なのか……酔いがさめて後悔したのはロードリック…言うまでもない事だった。


 そしてこのセレンディーナ神王国と神の契約というのは――。


 およそ千年前セレンディーナの初代神王と女神セレシアは百年に一度彼の女神の形代が誕生しこの世界を見守ると言う事だった。
 だから約束通り百年に一度第一王女として誕生し、宮殿の最奥にある神殿で巫女姫として生涯を静かに暮らしていた。
 それ故…巫女姫誕生時は生き神同様で、結婚する事もなく従って王位継承権は第二子へと移行される。

 ロードリックには2人の姫のみであった。

 言わずとも真白は10代目の巫女姫として誕生し、第二王女の瀬里那が世継ぎの君となった。
 彼は焦った。
 元々人の良い性格だった為に「なかった事に――」と言う選択はなかったのだろう。
 酒宴の席とはいえ国同士が決めた縁組。
 王子だったら断れた事も、姫がいない訳でもないのだ。

 しかも2人共姫なのだ。
 彼は17年前真白が誕生してとんでもない事を仕出かしてしまった――!と頭を抱えたが、まだまだ子供は産まれると楽観視していたが……――!!

 気がつくと姫2人。

 王妃にはこれ以上子供は望めなかったし、側室を持つ気など毛頭なかった。

 それだけに時が経つ程彼は悩み苦しんでいた。
 そんな時エアリスの先王があっけなく崩御したと知らせが届いた。
 彼は弔問へ赴く際結婚の話はなかった事にして貰おうと考えていたのだが、どこまでも人の良い彼は言いだせないどころかエアリスの新王となったあの時の4歳の王子だった彼に、婚約の事を聞かれて――、


「大丈夫だ、父君との大切な約束だからな。心配せんでもいいぞ、ハハハ……」


とエアリス王が口を開く前にバンバンと彼の肩を軽く叩いて笑って答えていた。

 まぁ…その言った瞬間、背中に冷や汗をびっしり掻きながら後悔ひとしおだったのはいうまでもない。
 やってしまったのは自分なのだから……。

 妻である王妃は呆れるし、瀬里那に至っては怒り心頭で口さえ聞いてもらえない。
 真白は神殿から出てくる事もない…当然だけど。

 第一王女は巫女姫で#生涯未婚__独身__#が通例、そして第二王女は世継ぎの君だから他国へ嫁ぐ訳にはいかない。
 どうすればいいものか……悩んでも答えは出ないと思っていたある夜――。


「――エアリスへ嫁ぐぞ、父上」


 神殿の中にある女神像と瓜二つの顔で静かに真白は言った。

 ロードリックは勿論母親である明日那や瀬里那、重臣達諸々が大反対した。
 これは前例ない事として――。

 だけど真白が己が自身で決めた事と言い放てば誰も何も言えなかった。
 形代だと分かっていても彼らには生ける神のような存在。
 何もしなくても…ただ存在していてくれるだけで安心出来る存在なのだ。

 それをあの馬鹿父は〰〰〰〰;っっ!!   
   
 私の心から崇拝してやまない真白姉様をどこぞの新興国の国王と結婚させるだなんてっっ!!!
 姉様が穢れておしまいになるじゃない!
 このままでは姉様は……?

 ふと真白に視線を向けて(一瞬だけど)――。
 大丈夫かもしれない、今ならっ!

 馬車の何処…?と言う訳でなく何処か心を飛ばしながら、両の手をグッと力を入れて握りしめ、瀬里那は悶々と考えをひとり巡らせていた。


「せ…瀬里那様?」


 黒髪を後ろに結いあげ黒いお仕着せを着た真白付きの侍女である薫子・ユーリウスは、謎の笑みを浮かべる瀬里那に恐る恐る声を掛ける。
 心配そう…? 
 もとい訝しげに見ている薫子へ瀬里那は更にふふふ……とやや不気味な笑みを浮かべながら自信満々に言う。


「何もなくてよ、きっと大丈夫なんだから!」


「……そうで御座いますか?」


「――そうです」


 今の姉様をご覧になればきっと今までの様に姉様はセレンディーナに…私のお近くにいて下さるんだわ。
 そう…きっと、きっとよ――っっ!!

 やや思い込み激しい瀬里那とは反対に真白は流れゆく景色を何も思わずただ見つめていた。
 そして馬車の一行は途中エアリス王国の護衛兵と合流し更に大行列となって大門をくぐり、城下町より小高い丘の上にある王宮へ向かっていた。

 暫くして王宮へ到着し頑丈な石の城門をくぐると


「――セレンディーナ神王国第一王女真白・セレシア・ヴィオルン・クリシュナー殿下御到着に御座いま――す」


 伝令兵のひと際大きな声が城内に響き、暫くすると花嫁行列の一行は王宮の広場に停まる。
 広場には王宮内で手が空いている者全てがこれでもかと言わんばかりに集まってきた。

 古来からの伝説の女神の形代の巫女姫。
 今までセレンディーナ国内でも家族と神殿に仕える少数しかその姿を見た者はいない。
 他国の王族が国賓として招かれてもその姿は見る事も許されない。

 それが今、あの、ロイヤルブルーの馬車の中にいるものだからおのずと仕事中とはいえ、
 女神セレシアへ崇拝する者や
 宝くじ大当たり気分の者や
 興味本位や野次馬根性その他諸々と理由をつけて貴族から下働きまで引きも切らない状態だった。

 その人垣の中央にいる金髪碧眼で鼻筋の通った女性と見間違えそうな美しい顔立ちで背も高く、ガチガチの筋肉質ではないが程良い感じの身体つき。
 立ち居振る舞いも優雅で俗に言う「白馬の王子様」的――な、見た目は……ね。

 その彼こそが真白の婚約者――エアリス王国国王 アレス・ロスフィンである。
 彼は周囲の馬鹿騒ぎをゆっくり見回し…職務怠慢だな――と呟き軽く舌打ちする。


「――陛下、聞こえますぞ」


 膝の辺りまで流れる銀の髪に緑に輝く翡翠の瞳をした、穏やかな顔立ちの男性がアレスにそっと耳打ちする。
 アレスは優雅に魅惑的な笑みを浮かべて返事をする。


「わかっているよ、イグニス」


 ゆっくりと巫女姫のいる馬車へ歩み寄り――。


「真白姫、私はエアリスの王アレス・ロスフィンと申します。セレンディーナよりの長き旅路さぞお疲れになられたでしょう。さあ我が手を取られよ、姫君」


 その言葉と同時に従者が馬車の扉を開けた。

 アレスは足掛けに片足を掛け優雅な仕草で馬車の中にいるであろう麗人へ手を伸ばす。
 ゆっくりと頭を垂れた時微かに見えた姿。
 青銀に流れる髪が神々しく煌めいていた。

 そして――


「出迎えご苦労……」


 鈴を転がす様な澄んだ声音。

 さっきまでざわついていた周囲が、たった1人雪原にいるかの様な静けさだ。
 噂の巫女姫の一挙一動見逃す事ない様に瞬きを我慢して涙で視界が滲んでいる者までいる。

 アレスは差し出した手に微かな風を感じた瞬間――!?

 その手に添えられるだろう仮の姫の手がアレスの手首をむんずと掴むっっ!!


「――…っ!!!」


 通常ポーカーフェイスで周囲から一見優しいけど何を考えているかわからない王様と言われている彼が、思わず顔を上げ一瞬……数秒フリーズした!?

 確かに手首を握られた事はびっくりした。
 通常ではありえないからだ。
 だけど…その手の重さは殆ど感じられず…しかも――小さいっっ!!
 確か巫女姫は今年17歳…の筈!?

 だが、馬車から降りようとしているのは……。
 青銀に煌めき流れる髪。
 少しくすんだ青灰色の瞳。
 透き通る程の白い肌に華奢な身体。
 ロイヤルブルーと白のドレスが真白の青銀に煌めく髪を一層引き立てている。

 確かに美しい……。

 だが人間の持つ美しさとはまた違う、その存在こそが神々しい。
 そう……確かに人外の美しさ――だけどっっ!!

 どう見ても……足して引いてみても17歳の乙女には見えないっっ!!
 ここにいるのは10歳前後の美少女なのだっ!?

 真白はぴょんと馬車から飛び降りる。
 次に瀬里那と薫子が順番に降りてきた。
 見た目年上の瀬里那も美少女だが表情豊かで人間の持っている美だ。

 真白とは根本的に違う。

 年齢詐称かと思うが……彼女は一目見て巫女姫だと納得出来るのだ。
 アレスは呆けていた自分に気づき、居住まいを正して――。


「これは失礼しました。真白姫お疲れでしょう、貴女の部屋を設えておりますのでごゆるりとお休みください。詳しい話はまた晩餐の時に…」


 そう言うと膝をつき、アレスはそっと真白の手にキスをする。

 それを見た瀬里那がきぃ――っっ!!とヒスを起こさんばかり、いやもう起こしながら真白とアレスの間に割って入る!!


「エ、エアリス王、いきなり無礼でしょう!姉様は巫女姫なのです。神聖な御方なのです。それをまぁ勝手にキ…キスするなんてっっ!!!」


 こ…こんな事許される行いではないわ!
 こんな野蛮な事ってっ…!
 あぁ…もうっ…すぐにでもあのお美しいお手を消毒しなければいけないわ。
 私の…いえ私達の真白姉様が穢れておしまいになるじゃないのっっ!!

 瀬里那は心の中で地団駄踏んで怒り心頭に達している。
 ただの社交辞令の挨拶なのではあるが…。

 周囲はどう反応していいものかわからずただ事の成り行きを見守っていた。
 当のキスをされた真白は顔を赤らめて恥ずかしがる事も厭う素振りもなく何の反応もない。

 ただ、そっと静かに瀬里那へ視線を向ける。


「瀬里那…もうその辺りでよかろう。アレス王よ、部屋へ案内してたもう」


「わかりました真白姫、では……」


 アレスは真白付きの侍女達に部屋への案内を指示し、注意をされた瀬里那はしゅんとした顔で真白の後ろについて行った。