9月28日は、テニス選手のクルム伊達公子が生まれた日(1970年)だが、仏国の作家、プロスペル・メリメの誕生日でもある。『カルメン』の作者である。
プロスペル・メリメは、1803年、仏国のパリで生まれた。裕福なブルジョワ家庭の出身で、父親は絵画を描き、文章家でもあり、母親も絵を描いた。
プロスペルは法律を専攻し、弁護士の資格を取得した後に、役人になった。通商省、海運省などをへて、歴史記念物監督官に就任したが、そうして公務員として勤めながら、ヨーロッパ各地を旅行し、サロンに出入りして、戯曲や史伝を書き、また、時々の恋仲の女性に捧げるべく小説を書いた。
メリメは言っている。
「わたしは生涯、けっして公衆のためなどに書きはしなかった。いつも特定のある人のために書いた」(佐藤功「解説」『メリメ全集3』河出書房新社)
22歳のとき『ララ・ガスルの戯曲集』でデビューし、ドイツのゲーテに激賞された。
25歳のとき、『マテオ・ファルコーネ』を発表。メリメの文名は一気に高まった。以後、『トレドの真珠』『エトルリアの壺』など「珠玉の短編」と呼ばれる作品群を発表し、長編『コロンバ』を書いた後、40歳でアカデミー・フランセーズの会員に選ばれ、42歳のとき『カルメン』を発表した。
45歳のころから彼はロシア語を猛烈に勉強しだし、プーシキンの『スペードの女王』をフランス語に訳し、ゴーゴリの『死せる魂』『検察官』を抄訳し仏国に紹介した。
ロシア文学研究のほか、考古学、美術史の研究にも力を入れたメリメは、1870年9月、滞在先の南仏カンヌで没した。66歳だった。
メリメは、おそらく世界の文学史上もっとも上手な小説の書き手である。はじめて読んだメリメ作品は短編小説『マテオ・ファルコーネ』だった。以来、大ファンになった。
『メリメ全集』をもっている。『マテオ・ファルコーネ』は、イタリアのコルシカ島を舞台に展開する父と子の、信頼と裏切りと裁きの物語で、文庫本で20ページほどの短い話だけれど、その強烈な印象といったらなかった。読んで頭に残り、何十年たっても離れない。熱い、衝撃的な作品である。
また、「宿命の女」を追求した代表作『コロンバ』『カルメン』。
三島由紀夫が短編小説の模範と賞した『トレドの真珠』。
泉鏡花がうまいと唸った『シャルル十一世の幻想』。
メリメ自身が最高傑作と自負していたという怪奇小説『イールのヴィーナス』。
そして、切ない悲恋『エトルリアの壺』。
63歳のころに、旅に同行する皇后の前で朗読するために一気に書き上げた『青い部屋』。
メリメの小説の特徴は、どれもため息がでるほど上手いということである。ゲーテは「練達の士」と呼び、芥川龍之介は「擎天七宝の柱」と呼んだ。職業作家でなかったメリメだが、ヴェラスケスが「画家のなかの画家」なら、彼こそ「作家のなかの作家」である。
(2025年9月28日)
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