「ばか。」
私は何かくだらないことがあったときに、そう呟くことがあった。厭世的な視点を持ったつもりだったのか、あるいは粋を理解したつもりだったのか、私はよく口に出していた。
ある冬の日、既に日もすっかり暮れていたので私は帰路を急いていた。ふと歩道橋の上から身を乗り出してみると、下の道路は渋滞しているようで、自動車は列をなしていた。フロントライトが点々と続いているその光景は、一匹の蛇がゆっくりと這っていくように見えた。
「ばか。」
私はそう呟くと、歩道橋の階段を駆け下りた。
大雪が降ったある日、何をする訳でも無く窓の外を眺めていたら、同級生達が雪遊びをしていた。雪だるまを作ったり、足跡をつけたり、各々好きなように遊んでいた。そんなとき、雪合戦をしていた男子の一人が泣き出した。どうやらあたりどころが悪かったらしい。すぐに担任の先生が駆け寄り、楽しい時間はその日の灰色の空のように重く沈んだ。
「ばか。」
私はそう呟くと、窓から視線を外した。
冬が過ぎた春の日、皆が卒業を祝っていた。笑い合い、来たる未来に想いを馳せていた。その空気に耐えられず、私は早々に教室を出た。
「ばか。」
私は虚をつかれた気になった。振り返ると、同級生のうち一人がこちらを見ていた。睨んでいる、というよりかは軽蔑の表情に見えた。私に何か言おうとしてるようにも見えた。
私は何も言わず、歩き去った。
あの日から、私はひとりごとを言わなくなった。なによりくだらないものが、わかったからだ。