久しぶりに映画を見た。

いつもアランと二人で見るので、スペイン語の字幕で言語は英語に設定する。

わたしとしては、英語の字幕で言語はスペイン語にしていただきたいのですが・・・

今日はどれくらいスペイン語が理解できているか試してみた。

映画は イ トゥ ママ タンビエン。日本では、天国の口楽園の終わりという題名だったと思う。

メキシコが舞台なので、もちろんメキシコ語。これは私にはもってこいの教材です。

メキシコって、本当に独特な言い回しが多い。だから私はあえてメキシコ語と呼びたい。

まぁ、この映画、汚い言葉が多いのでスペイン語を学ぶにはよくないものかも。

でも、生活していると、汚い言葉も時には必要になるもの。



結果。

だいぶ理解できていた。

ガエル ガルシア君の話方がアランにソックリだったというのもあるけど・・・

私はどうやら、英語よりスペイン語の方が向いてる気がする。


ボーダーラインと知って、いろいろなサイトを見た。

私とソックリな症状の人達がたくさんいた。

その中の多くの人達は、彼氏、旦那さんが我慢の限界に達し、別れを告げられた人が多かった。

別れを告げられた後、みんな、「どうしてもっと早く自分の症状に気が付かなかったんだろう?」と言っていた。

「自分は普通。誰にだって悩みはある。」

そうやってこれが病気だという事が理解できない。

あたしも思っていた。

「どうして、どうしてアランはあたしが病気だって言うの?全部アランが悪いのに。病気なんかじゃない。私は普通。誰だってキレる事はある。突然泣きたくなる事だってある。」  と・・・

でも1時間、2時間おきに泣いたり笑ったりしている自分も理解していた。そして、何かがおかしいと思っていた。

アラン、もちろんファシオ家のみんな、私を受け入れてくれてありがとう。

見捨てないでくれてありがとう。

助けてくれてありがとう。


今日は両親に電話をした。

前だったら、こんな話はしなかったと思う。

でも、知ってもらいたかった。

同情して欲しいわけじゃない。



父親に言われた。

「そんな情緒不安定はみんな持っている。お前だけが特別なわけじゃない。みんな苦しいんだ。」

私「わかってる。私だけが苦しいわけじゃない。わかってる。でも、ただ伝えたかっただけ。」

母親にはこう言われた。

「私たちにはお金を出すことしかできなかった。話をきいてあげられなかった。チキータの感情を押さえ込んでしまった。ごめんね。」

私「誰のせいでもない。ただ、私は愛情が欲しかった。お金をかけて育ててくれた事には感謝してる。すごく、すごく。でも私はいつも孤独だった。ファシオ家に住んで、初めて愛ってのを感じたんだ。だから今感情が爆発しているんだと思う。今までの私は私じゃない。これからは私は私として生きていきたい。辛い事を言ってごめんね。だから18の時家を出たんだよ。お兄ちゃんだってそうでしょ?」

こんな事を母親に言うのは辛かった。相手の気持ちを考えれば、こんな事はいえないはず。

また自分の心を落ち着けるために、今度は母親を傷つけてしまった。

今、母親は悲しんでいると思う。

でもアランは私を褒めてくれた。

チキータは今、本当に自分が思っている事を言わなければならない時。

「よく頑張ったね。これからもずっとチキータを見守っていたい。だから一緒に病気と闘おう。」

ありがとう、アラン。
最近、些細な事で怒ったり、突然泣いたりする事が多い。

1時間前はニコニコしていたのに、突然不機嫌になる。

昨日もMの事、Yの事でケンカをした。

泣いて、わめいて、自分の頬を腫れるまでたたき続けた。

ママが病院に連れて行ってくれた。

ボーダーラインという病気だった。

しかも、診察が終わったら入院してください。

そう言われた。

少なくとも1ヶ月は・・・

私は嫌だったけど、これで誰にも迷惑をかけなくてすむなら、入院したかった。

こんな私と一緒にいるアランは本当に辛いと思う。

自分のためでもあるけど、周りの人のためにも。

ママもアランも入院には大反対だったので、家に帰らされた。

ボーダーライン。

どうやってこの病気と向き合っていけばいいのか。

いつも頭の片隅で思っている事がある。

アランと付き合い始めた頃、アランはあたしにひとつのメッセージを見せた。

そこに書かれていた言葉は・・・

「愛してる 愛してる あなたのためにベッドを空けておくから・・・抱いてよ。」

きっと、嫉妬させたかった、もしくは、オレってモテモテ。って事を言いたかったんでしょうな。


でもだよ、でも。

そいつとカメラ付けながらあたしの隣でチャットしてるんだけど、コレってどうなの?

あたしからしてみたら、「オイッ。その女はお前さんとヤリたいのだろうが?なぜ、なぜカメラが必要なんですか?」

って感じなんですよね。

その子、Mはあたしの存在は知っているし、あたしもカメラに向かってニコニコ顔で挨拶したけど。

でも、なんのためのカメラなんざましょ?

その子とはネットの中だけの友達で、未だ会った事がないらしい。

たぶん本当だと思うけど。

ネットから発展する恋愛にとやかく言うつもりは全くない。

むしろ、ひとつの出会いの場として考えている。(一度も使った事ないけど)

Mとのやりとりについてアランに聞いたら、

「ずっとチキータと一緒にいるでしょ。それはずっと一緒にいたいから。どうしてオレの気持ちがわからないの?
寂しすぎる・・・」


ずっと一緒にいて、毎日愛してると言ってキスをすればいいってもんじゃない!

一緒にいても、心が他の方向いていたら、浮気じゃん。

いつもこういうズレがある。



みんな出かけてしまったので、Tシャツを買いに来た(180ペソ分も買ってくれた!)ラウールと3人で、メルカドにご飯を食べに行きました。

パンバソとケサディージャ。

今日はTシャツが売れたのでちょっとリッチにケサディージャにキノコをトッピングで注文。

ここのが一番美味しい。

ベンチに座って美味しく頂きました。

家に帰って、アランのパンツを見ると・・・

ペンキがベッタリ付いていた。

アランの座っていたベンチには、ペンキ塗りたての張り紙もなかったし。

でも、この色はベンチと同じ色。

張り紙くらい張ってくれてもいいのにねぇ。

友達がこのパーティーの関係者って事もあり、早い段階でパーティー情報を入手できた。

というのは、インターネット上で700人だけがこのパーティーのチケットを手に入れる事が出来るのだ。

バスを乗り継ぎ会場へと向かう。

DJはビースティーのDJの人(名前わかりません)

どうやら、食べ物と飲み物が用意されているらしい。

フフフッ。たっぷり食べてやるわ!

会場はオリンピックで使われた体育館。

ナイキっぽいじゃない。




と、ここでアランが一言。


「チキータ、チケット持ってるよね?」

「アランに渡したじゃん。で、ポケットから落ちそうだから気をつけて!」って言ったよね。

「ない。#&$%!”=#%&$##%##%」

チケットを落としたアラン怒り爆発。

自分が悪いのに。

友達が余分に持っていることを祈り、会場の外で待つ私とアラン。

と、そこにルイとドノヴァンが。


どうやらドノヴァン、チケットを○ったらしい。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


さすがメキシコだわ。

そんなこんなで無事会場に入ることが出来た。

ビールはXX(ドスエキス)、つまみにはチチャロン、エロテ、食事としてケサデージャとホットドッグ。

NYでは何が食べれるのだろう?

日本では??

とりあえずお腹もいっぱいになったので、ショートムービーを見ることにした。

すごいじゃない。すごくいいじゃないの。


すると!ついに出てきた!

ビースティーの一人が!

えっ!?太った?すごく太った気がするの。彼。

全てがイマイチだったので、大音量の中、アランの膝枕で眠りに付いた。

最後、みんなが言った。

「ありゃあ、ないよね。ひどすぎ。」


うん、確かに彼、イマイチすぎだわ。









現地時間の誕生日に期待していた私がバカでした。

母が送ってくれた荷物が空港にあるってわけで、エクトルに頼んで連れて行ってもらった。

紫外線を浴びたせいなのか、あたしの肌はますます悪化。

荷物を受け取り、なぜかエクトルの家に戻る事に。

肌も痒いし、むくみも出てきたから早く家に帰りたかった。

ミクロバスでも、タクシーでも、何でもいいから早く帰りたかった。

なのに、なのにアランはどうしてもエクトルに家まで送って行って欲しいみたい。

アラン曰く、「こんな荷物を持ってどうやって帰るの?少しまてばエクトルが送ってくれるからさ。」

チキータ心の声 「・・・・・・・タクシー代、またケチってるわ・・・」

またケンカになると厄介なので我慢してみた。

すると、エクトルの弟トニョに頼まれ、ゲームを始めるアラン。

誕生日のあたしを放っておいて・・・

肌も痒いし、誕生日なのに。

そう思ったら悲しくなった。


ようやくそれに気が付いたアランは、私のご機嫌をとろうと必死。

でも遅い。


もう遅いわよ。

家に帰ると、アランが何かを創り始めた。





「テ アモ」と書かれた人形みたいなヤツ。

それをみたら、悲しくなっているのがバカらしく思えてきた。


まぁ、これが誕生日プレゼントだったんだけどね。

おまけとして、テクにクスのヘッドフォンが近いうちに送られてくるらしい。



数日前、無事30歳を迎えました。

最悪の誕生日を・・・

みなさん、聞いてくださる?

お願い、聞いてちょうだい。



誕生日の前日、ケンカをしましてね。

まぁ、いつもの事なんだけど。

ケンカの発端は病院。

みんなにあれだけしつこく「塗れ!」

と言われて渋々塗ったクリームのせいで、私の肌はボロボロ。

しかもむくんでる・・・

当然友達にも会いたくないし、なるべく出かけたくもない。

限界に達し、「私、本当に病院に行きたいのですよ。」

と言った。

ママは「いつでも病院に連れて行くから」なんて言ってたのに、全然連れて行ってくれない。

アランに「タクシーで行く。だから、どうしても病院に行きたいの!」と言った。


アラン「えー、お金もったいないじゃん。ママは今体調が悪いから、来週にしよう。」




キーッ!!!!!!!!!!!あたしの肌より金かいな?




「いつもママ、ママってさ。あたしはね、みんなに塗れって言われたクリームのせいでこうなったんだよ。1ヶ月以上もこんなひどい肌で我慢してたんだから!!!!!!!!!それにママが道でママシータって言われた時は、その相手をぶん殴ったのに、あたし時は何もしないじゃん。ママ、ママって何さ、何さ。」



アラン「チキータとママは比べ物にならないね。ママがこの位置だとしたら、チキータはココ。」

そんなこんなでケンカは激しくなっていった。


アラン「もうチキータとは一緒にいたくたない。荷物をまとめて日本に帰れ。俺は幸せに生きていきたい。チキータと一緒にいたら幸せになれない。」



私「そう、あたしと一緒にいたら幸せになれないのね。アランには幸せになって欲しいから、私は出て行く。」




アラン唖然。

そう言われるとは思ってもいなかったのでしょうな。

急いでママを呼ぶアラン。


・・・・・・・・・・・・・・・・・


ママがいないと何も出来ないのかい、君は??


大半の男はマザコンの気がある。

判っているけど、やり切れないこの気持ち。








原因不明の湿疹と腫れに悩まされ続け1ヶ月。

限界です。

病院に行きたい!!

ってなわけで行って参りました。

その病院はかなり有名、しかも安い。

ただ、問題が一つ。

初診は朝7時から受付を済ませなければならない。

ってことはね、6時に家を出れば間に合うでしょう。

なーんて甘い考えをしてたら・・・

すごく混むので朝4時には病院に着き、順番待ちをしなければならない。

問題は車が使えない事・・・

だって、だって、アランは運転が出来ないんですもの。

あたしもペーパーなので無理。

って事はタクシーしかない。

あたしは悪名高きサンタ ウル○ラに住んでいる。

こんなところに、こんな時間にタクシーが来てくれるはずがない。

ただでさえ乗車拒否されるアラン。

タクシーが捕まらない事を覚悟で、少し待ってみる事にした。


遠くから灯りがみえるじゃないですか。

しかも、しかもタクシーじゃん。

乗車拒否覚悟で手を上げた。

止まった・・・・

奇跡だわ。奇跡だわ。

運転手の顔を見てみると・・・

近所のFじゃん。

訳を話すと快く病院まで連れて行ってくれるとの事。

ただ、何かおかしい。車内のこの臭い。

何かおかしい。

本人曰く、「いやぁ、全部が3Dに見えてさ、いい感じなんだよね。」

「・・・Fに任せて大丈夫かしら??」

他に選択肢はない。

Fに任せよう。

そう決めた時!


「その店でビール買ってくれる?」

とお金を渡される私たち。

まさか、まさか、今飲んだりしないわよね?




飲んでます。

ゴクゴク飲んでらっしゃる。


・・・・




一応病院に到着。

友達って事もあり、半額にしてくれた。

ありがたや ありがたや。



病院の前にはすでに30人程順番を待っている人が。



「あら、この病院、イスが用意されているじゃない。本当にココはメキシコ!?」

ありがたくイスに座って待つ事5分。

おばさん登場。

「えー本日順番を待たれている方々は、本日中に診察を受ける事が出来ます。えー、イス代としまして、10ペソいただきます」





えーっ!おばさん商売してる!?





さすがメキシコ。やっぱりココはメキシコだった。


8月でも夜となるとかなり冷え込むメキシコシティー。

寒さをこらえ待つ事1時間。


屋台参上。


タマレスとパンとコーヒーが売られていた。

寒いからコーヒーが欲しいが、ここは我慢。

だって、トイレがないんですもの。

さらに待つ事2時間。


ようやく病院内に入る事が許される。

さらに待つ事2時間。

ようやく診察。

美女医師に挟まれた、「いかにもオレ医者」的な先生に診てもらう事に。



以前使っていた薬について説教をされまくり、ちょっと落ち込む私。

さらに薬代が500ペソだと判り、さらに落ち込む私。

11時、やっと家路につく。

日本の病院って、悪くないじゃない。

そう感じた一日でした。
何日か前からPCが立ちあがらないというハプニングが。

そうよね・・・4年使っていればね・・・

そうよね。一緒に旅もしてきたものね・・・

もう、寿命なのよね。

お疲れ様。そして今までありがとう。




なーんて、言うわけにはいかないわよ。

まだまだ働いてもらわなくては!

早速メキシコの秋葉原、ソルト デル アグアに直行していただいた。

アランに。

だってね、太陽禁止令が出てるんですもの。

外出できるのは暗くなってから。

その訳は後日って事で。

こうしてブログ更新してるって事は、無事問題解決したってわけ。

原因は充電器が焦げていた事。

PCさんには、少なくともあと1年は頑張って頂きたいので大切に使っていこうかと反省中。