噺処『きらく屋』

噺処『きらく屋』

‘KOHARU日和’な日常を書き綴ってゆきます♪
 喜楽に!気楽に!おつきあいいただけたら嬉しいです〜♪

経緯

 

もうすぐ雨降るぞ・・・というある日の夜

子猫がずっと鳴いていると連絡がありすぐに現場へ。

しばらく見ていると母猫らしきニャンコ確認🐈‍⬛
母猫も痛々しいほどガリガリに痩せている…

(このエリア餌やりさんいないんだな)

とりあえず駐車場でジッとうずくまっていた三毛ちゃん確保!

逃げるそぶりもなく、鳴くこともなく、素手ですんなり保護完了

 

捕まえた瞬間感じたのは
「え…⁉︎骨と皮…」

長年野良猫保護やってきましたが
こんな痩せた子は初めて…

背骨が浮き出ていて子猫特有のコロンとした肉付きがなくガリガリ。

目もクシャクシャ・・・
よく生きてた!頑張ったね!

母猫に「この子保護するね」と言うと
ジッと私を見てた

「そんで、あなたも保護するからね。」
そう伝えてひとまず帰宅

すぐに身体を拭いて、ミルク。
あまり飲まないなあ(飲む体力ないのか?)…と心配していたけど

「歯が生えてるし、もしかしてカリカリ食べるかな?」と

手のひらにフード乗せて…近づけたら…

急に腹ペコスイッチ入ったみたいで
がっつきがすごくて
指ごといただかれまして

手のひらざっくりやられました🩸苦笑
(油断した)

現在、初期治療中
・虫下しOK
・栄養剤点滴1回
・猫風邪の抗生剤注射💉1回
・抗菌目薬👁️継続中
(目はだいぶ綺麗になったよ✨)

ちなみに…
すばしっこく逃げていた
この子のきょうだい(黒猫)も保護!
同じくガリガリです

さて…次はママだ🐈‍⬛

父の遺言通り、
家族葬にて静かに見送ることができました。



頸椎を損傷し、首から下が動かなくなってから18年…
父にとっても、家族にとっても
決して楽な道のりではありませんでした。

それでも、
首から下は動かなくても、脳には何の影響もなかったため、日本各地を旅したり、美味しいものを食べたりと、たくさんの楽しみを見つけながら生きることができたと思います。
「普通に会話ができる」ということは
私たち家族にとって最大の幸せでした。

そして何より——父の怪我がなければ
我が家の【今】はありません。
KOHARU亭兄弟落語の誕生は父の怪我がきっかけ。
KOHARU亭落語は私たち家族の人生を大きく変えました。
もし、あの時、父の怪我がなかったら…
息子たちは落語と出会っていないし
落語活動を始めていないでしょう。
引いては、落語を通じて出会えた人や仲間たちにも会えていなかったと言い切れます。
今の息子たちの輝きは、また全然違っていたはずです。
…父の事故は大きな意味があった(あることにできた)なと思っています。

父は身体が動かないという現実を、とても早い段階できちんと受け入れました。
でも、障がい者(弱者)としての辛さや歯がゆさを、日々たくさん抱えていたことと思います。
受傷した際、医師からは
「半年くらいしか生きられないだろう」
と宣告されました。
が…18年生きました!
「生きてくれました」が正解かもしれません。
そんな父が今(今生を終えて)ようやく
「動けない」という束縛から解放され自由を取り戻したのだと思えば…少し救われる気がします。

今ごろ、母のそばをウロウロしているような気がしています。
そして、「もう帰らなくていい」と言っていたけれど、
やっぱり故郷の金沢に、一度、戻っているかもしれません。

〜お父さんへ〜
76年間(特にラスト18年間)本当に頑張りました。
心から「お疲れ様でした」と伝えたいです。

そして、人生をかけて
たくさんの学びをくれたことにも感謝です。
介護を通じて、人間の身体の不思議もいっぱい知ることができました。
最期の息を引きとる姿まで、しっかり看取らせてもらえたことも、ただただ感謝です。
覚悟していても、やっぱりさよならは辛い… でも
看取りができたことで家族全員に「納得」をくれたなぁと思えます。

苦しむ中、何度も聞いた
「ありがとう」と
「満足」と
「任せた」の言葉。
ギリギリまで伝えてくれた言葉(想い)があったからこそ、私たちは怖がることなく、後悔なく、送ることができました。

しばらく存分に自由を満喫して…
あとはゆっくりのんびり浄土で母を待ってあげて下さい。

昨年、主人の父が永眠いたしましたため

本年の新年のご挨拶を控えさせていただきます


1年前のお正月は元気いっぱいだった義父さん

まさか2025年はいないなんて…

思いもしませんでした


毎年言うことですが

『会える時に会いましょう』


たくさんの「久しぶり!」が叶う

そんな1年になったらいいなと願っています


皆様におかれましては、

佳き新年を迎えられますよう

心よりお祈り申し上げます


なお、昨年末にご挨拶を申し上げるべきところ

新年を迎えてからのご連絡となってしまいました

ことをお詫び申し上げます



11月13日、KOHARU亭兄弟の祖父が永眠いたしました。

生前、祖父はKOHARU亭落語を心から楽しみにしており『KOHARU亭の落語じゃなくて楽語の会』を愛するひとりのファンとして落語会には必ず足を運んでくれていました。


そんな祖父を偲び

本日のお通夜では弟・KOHARU亭けいじろうが一席お届けいたします。


祖父が愛した笑いを通じて、皆さまと一緒に笑顔で送り出せたらと思います。

どうか、祖父が喜んでくれるような明るい気持ちで、心安らかに見送っていただければ幸いです。

東日本の時はすぐに動いた。


今回は被災地が私の故郷石川。

なぜかすぐに動けずにいた。

現地の声がダイレクトに入ってくるからかな…

でも

そろそろきっちり郷土愛を叫ぼう!


輪島は金沢からは遠いから

本当の故郷ってわけじゃない。

でも「石川県人」として動くべき時。


工芸の聖地、輪島。

たいちろうは大学時代何度も訪れた輪島。

教員ではなく

輪島での修行の道を考えたくらい輪島が好き。


だから

『2度と「KOHARU亭たいちろう」には戻らない』

と言ってきっぱり辞めたたいちろうが

大好きな輪島のために

オカン(私)の故郷のために

一度KOHARU亭に戻ってくると言う。


KOHARU亭兄弟

期間限定の復活になりそうです💪


私は会場探しからスタート🏃‍♂️💦

「ここ会場として良いよ」と言う場所があればぜひぜひ教えてほしいです!


※集めた義援金は東日本の時同様、

そっくりそのまままるっと被災地に送ります。

ものすごく華やかなメンバーでの落語会!

名古屋でこの会を開催できたのは本当に幸せでした!

 

2024年一発目にふさわしいオモロな会でした!!!!

だが、しかーし!

そんな素敵会なのに雨天☔️

 

当日大量キャンセルが涙

 

ただでさえ・・・

会場規定で定員が限られてしまって

入館できるルールも厳しなってしまって涙

 

これは会場探しを真剣にやらなければ😅と思いつつ

どうせKOHARU亭は今年がラストイヤーだしもういいか・・なんて考えつつ😅

 

これはなんとかしなくては!

と、ご贔屓さんLINEにSOS!

 

熱烈な方々のおかげで一通り席は埋まりました。

大感謝!駆けつけてくださった皆さまには

皆様だけのための「コアな会」とか企画したい笑

 

本当にありがとうございました!

 

そして

 

翌日、日曜日は一宮

『すぎと寄席』

 

こちらはこちらで大いに盛り上がりました!!

 

本当に若さあふれるパワフルな週末でした!!

幸せだったー🙌

私の祖母が他界しました。


うちの子(ひ孫)たちも

幼いころは金沢にも連れて行ってたので

とても可愛がってもらいました。


そんなばーちゃんへ

感謝の気持ちと、明るく送り出すために


そして何より

美女たち(私の従姉妹の娘たち)から

「落語聞いてみたい❤️」

と言う稀有なリクエストにお応えしまして


KOHARU亭けいじろうが通夜の後、急遽

一席やらせていただきました。


ネタはやっぱり


【死ぬなら、今】