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私学に生きる

大学職員のブログ。
初等・中等・高等教育について、関心のあることを取り上げています。

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今日のコトバ
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「お互いに」とか、「みんなでやろう」とは、言わないことにしなければなりません。

~岡本太郎ー~ 『今日の芸術』(新潮文庫)より


誰かがやってくれるだろう、「今は無理だけど、いつかきっとそうなるよ」というのはゴマカシだと岡本太郎は言っています。お互いの様子をうかがって、みんながやるなら、自分もやるではダメだと。


「誰かがやらなければ」と言っているのではなく、「私がやる!」ということですね。これを言えば、今まで「やらなければ」と言っていた人たちまで白い眼で見るかもしれません。


でも、孟子も言っているように「自ら顧みて なおくんば 千万人といえども 我いかん」


自分の心や志に後ろめたい、私欲がなければ、どんな状況でも「オレがやる」という勇気は必要ですね。


さて、大学でも職員の採用試験が始まっています。


私も昨年までは面接官を担当したこともあり、大学職員として求められることは色々ありますが、企業が求める人材と本質的には変わりません。


ただ、面接でいいなと思って、採用しても、実際の仕事では今一つ、期待どおりではないということも少なくありません。


正直、短い面接時間では判断するのは難しい部分はあると思います。


企業の面接官に話を聞いたこともありますが、意外と第一印象で決めていることも多いそうなので、やはり最初の印象、言葉遣い、表情などは大切ですね。


面接では、その人の学歴や経歴などの「ハロー(後光)効果」と呼ばれているもので、判断することはいけないと言われていますが、なんだかんだ言って、面接においても、やはり「見た目や印象」で選んでしまう人間は感情の生き物なのでしょう。


ちなみに、私が基準にしているのが、自分がしてきた経験(成功体験)を別の分野でも応用できるかどうかです。


これは、アナロジー能力(転移学習)と言われているものです。


わからない問題、未知の問題などを解決しようとする時、すでに経験した状況を利用して、問題解決を試みる能力です。


例えば、


「これに似たようなことは過去にも経験したな。あの時は、こうやって解決したから、同じようにやってみよう」とできるような感じです。


こういう意味では、クラブでがんばって成績を残した、ボランティアをした、勉強で良い成績を残したなどは大事とも言えますが、本当に大事なことは、これらの成功体験を仕事や問題解決をする際にも転移できるかですね。

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今日のコトバ
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人間が不幸なのは、自分が幸福なのを知らないからだ。

~ドストエフスキー~ 『悪霊』(新潮文庫)より


ドストエフスキーは、政治犯として捕まり、銃殺直前で恩赦を受けて、釈放された経験をもっています。


この時、どれほど空気が吸えること、今ある当たり前のことに感謝したことでしょう。


ないものばかりに目が行ってしまいがちですが、あるものに目を向かせることで、幸せだと思えることは多いです。


自己啓発書で有名な「人を動かす」の著者・カーネギーも次のようなことを言っています。


靴がないとふさぎこんでいた。


通りで、両足を失った人に会うまでは。


靴をなくしてしまって、がっかりしても、自分には歩くことができる両足があります。この恵まれている状況、つまり「あるもの」に目を向けることで、しんどい状況でも前向きになることができるように思います。


さて、日曜日の日経新聞に「人材教育で注目している大学ランキング」というものが掲載されていました。


1位 国際教養大学

2位 東京大学

3位 立命館アジア太平洋大学

4位 早稲田大学

5位 慶應義塾大学

6位 立命館大学

7位 大阪大学

7位 金沢工業大学

7位 京都大学

7位 一橋大学


1位の「国際教養大学」は秋田県にある大学で、ほぼ全ての授業を英語で行っており、1年間の海外留学

を義務付しています。


また、こういっては何ですが、街中ではありませんので、娯楽もほとんどなく、留学生と一緒の寮に住み、ある意味「軟禁状態」ですから、大学生が陥りがちな誘惑もないといっていいと思います。


極論すれば、この大学に来ている学生は「目標」なり「目的」がハッキリしており、かつこういう環境ですので、「勉強」に対して、コミットするしかない状態なのでしょう。


このアンケート結果からも、いかに「従来の価値観」が崩壊してきているかということがわかります。

国際教養大学は2004年開学で、まだ8年しかたっていません。立命館アジアも2000年開学です。


一方、東大、早稲田、慶應等は明治時代に開学していますので、130年以上の歴史と伝統があります。


こういった一部の旧帝大や早慶が「伝統校」というだけで、評価の対象にはならず、その教育内容、つまり「学生がいかに実力を付けたかという付加価値」が問われるようになってきたことがわかります。


企業が求める学生の資質は「コミュニケーション能力」「チャレンジ精神」「専門の勉強に打ち込んだ経験」等であり、このあたりも含めて、


国際教養大学や立命館アジア太平洋大学が評価されていることは、明らかに企業のベクトルが「海外」に向いていることを示しています。


あえて簡単に言うならば、国際教養にしても立命館アジアにしても、「勉強しないと進級・卒業できない」という欧米方式、大学に求められる国際標準、多様な人種との交流を徹底しているだけです。


これから新設する大学、現在定員割れを起こしている大学などは、国際教養大学の仕組みから学ぶべきところが多いのではないでしょうか。


もちろん、歴史と伝統ある私学においても、それらにあぐらをかくことは許されない状況になっていることも間違いありません。

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今日のコトバ
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秀でたる知性を有するだけでは十分ではない。大切なのは、それをうまく活用することである。

~デカルト~ 『方法序説』(岩波文庫)より


いくらビジネス書を読んで知識があっても、いくら勉強して資格をとっても、それを実際の事象で活用できなければ、意味がありませんね。本を読むこと、資格を取ること、それ自体が目的化してしまっては、本末転倒になってしまいます。


さて、大津の中学校の「いじめ問題」が連日ニュースになっていますね。


まず、今回のいじめ報道で思い出す事件があります。


1986年(昭和61年)に東京・中野の富士見中学で行った鹿川裕史君のいじめ事件。クラスみんなが「葬式ごっこ」と言って、死んだあとの寄せ書きを書いてという事件(先生まで寄せ書きしていた)で、鹿川くんは岩手県の駅校内で首を吊って自殺しました。


私は「葬式ごっこ」という本で、この事件を知りましたが、教育に携わる者、子供の親にとっては、必読の書だと思います。


事件の概要を書いたリンクがありました。 → こちら


今回の大津の事件と同じです。26年前に起きたこの事件の教訓がまったくいかされていません。


教師である者なら、いじめ問題に関してはかならずこの「葬式ごっこ」事件は知っていたはずです。


なのにもかかわらず、全く同じと言っていい事件が起きてしまいました。


また、野田首相がTV番組で、


いじめている子、いじめられている子がいると分かったなら、見て見ぬふりをしないこと。これが一番大事なことです」といじめを発見したら学校などに相談するよう訴えました。


その相談先、一番守ってくれなければならない「学校」「教師」「教育委員会」が、


一番見てみぬふりをしていました。この言葉は「守ってくれるはず」の大人にこそ発せられるべきですね。