過去に遡って、妊娠出産からブログを書きたいと思います。
妊娠出産から生後3ヶ月までの期間を振り返ることが苦しくて、なかなか過去に遡ってブログを書けずにいました。
25週の早さでお腹から突然出された息子は外の世界をどう感じただろう。産まれてすぐに全身に管を付けられ注射をされ、母親の温かみも感じることができず、どれだけ苦しかっただろう。
こうなってしまったのは、全部私のせいだと思い知らされることが苦しく、自分の不甲斐なさに頭を打ち付けられる気持ちになります。
あの時に戻って、もっとお腹の子を大切にして過ごしたい、と心から後悔しています。
でも…
息子は成長し続けてくれているのに、いつまでも引っ張られ過ぎて、ダークサイドへ落ちて行く訳にはいかないし、消化しきれないこの期間をちゃんと振り返ることで、前へ進んで、もっと今の日常を大切に出来ると思うので、残したいと思います。
過信し過ぎていた妊婦時代
私はアラフォーで、しょうちゃん含め年子の2人の子供がいます。
1人目の妊娠は不妊治療の上授かりましたが、とても順調で、つわりもなく、体重管理のために毎日1時間以上はウォーキングして、とっても健やかに過ごし、38週の予定帝王切開で出産しました。
長男はとにかく可愛くて、いっつもゲラゲラニコニコ笑って愛想もバツグン。なんて可愛いんだろうと思いました。
生後3ヶ月には東京に10日旅行して友達に会ってもらったり、生後5ヶ月には海外や、沖縄に旅行に行きました。
生後7ヶ月で仕事に復帰し、プライベートも仕事も充実して、正直子供を育てることって大変って言うけれど、こんなに楽しんだ、そんなに大変じゃないじゃん!と思いました。
正直、妊娠出産、そして子育てを舐めていたんだと思います。
仕事に復帰したタイミングで、年齢的にも2人目が欲しいという話になり、対外受精ですぐに2人目を授かりました。
ここから妊娠生活が25週で終わるとは思いもせず、今まで通り、仕事もして、1人目の子のお世話もしました。
でも、今思い返すと1人目の妊娠とは明らかに違う状況だったことに気付いていながらも『大丈夫大丈夫』と過信して過ごしてしたんです。
仕事は復帰前と復帰後では部署も変わり、自分に求められているもレベルも上がり、格段に忙しくなっていた。長男は成長して抱っこも大変になっていた。自分の身体は出産から1年も経たずに妊娠をして負担がかかっている。
それなのに、自分は普通に出産出来るものだと思い、出張も普通にしていたし、時には友達と1杯お酒も飲んだりしました。
21週での出血
そして、21週頃に少量の出血がありました。
その頃、私たち家族は長男の1歳のお誕生日記念に関西を旅行をしながら、お互いの親族のお家にも行く予定を立てていました。
『少量の出血は長男の時にもあったしなぁ』とそんなに気にもせずに過ごしてしまいました。
自覚が無さすぎる最低な母親です。
長男が旅行に行く数時間前に保育園で目の際に少し怪我をして、移動の最中に病院を探し回ったり、仕事もリモートでしながらだったり、バタバタとして過ごしていて、出血のことは気になりながらもそのまま過ごしてしまいました。
旅行から帰ってきて、翌々日が病院の検診でしたが、やっぱり出血が止まらず、ここで初めて怖くなり病院へ行きました。
先生からは
『子宮頸管が短くなっていますね。即入院です』
この時21週5日。
ここから地獄の切迫早産の1ヶ月入院生活が始まりました。
