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「支えるを、支える。」

 

 

別の言い方をすれば、

大切な人を支えようとしていたあの日、

きっと自分自身も、誰かに支えてほしかった。

 

または、支えてほしいと言えなかった。

どこに言えばいいかもわからなかった。

 

目の前の現実から

逃げたいわけじゃないけど、

どこにもやり場のない気持ちを

ほんの少しでも、

リセットする場所さえなかった。

 

何より、そんな気持ちの余裕さえなく

日々だけが過ぎていった。

 

病気になる前も、なったあとも、

変わらず普通に接したらいいよ!

って、人は言うけど、

その普通ってなんだろう?って

やっぱりわからなかった。

 

「はい、そうですね。普通にします。」

って、返事はするけど、

頭の中は、???ばかりだった。

具体的なことは、何にもわからないまま。

 

支える毎日の中で、一番しんどくて

心を蝕んでいたのは、

命と向き合う家族の隣で、

何にもできない無力さだった。

 

ただ、そばにいればいい。って言う人も

いるけど、ただそばにいることさえも、

作り笑いでしんどい時もたくさんあった。

 

でも、逆に、抗がん剤治療の日に

美味しいランチに連れていって

嬉しそうにしてくれてたことは、

唯一、できたことかもしれない。

 

だけど、そんなことも、

誰も教えてくれなかった。

 

 

きっと今、日本のどこかで

大切な人を支えながらも、

どこにも行き場もなく、

戸惑っている人がいると思う。

 

どんなことでもいい。

自分にできる小さな選択肢が見つかることは

支える側の毎日の中で、強い力になる。

 

世の中にある、あらゆる商品もサービスも

もともとは、不の解消から生まれたもの。

 

1人ではうまくできないことを

あたりまえの暮らしを支えるためにできたもの。

 

「支えるを、支える。」

 

それらをひとつひとつ結んでいくことは、

あの日の自分だけでなく、

いつの日か、大切な人を支える子供たちへの

道しるべにもなると思う。