岡本茂樹(おかもとしげき)さんの著書『反省させると犯罪者になります』をやっと読み終えました。

初版は2013年。私が持っているのは第20刷。昨年の6月に買って、第1章を読んでずーっと放置していたようです。

で、ふと思うところがあって、久しぶりに開いてみると……もうまさに必要としていたことが書いてあって、「そうそう!」「ほんと、それ!」うんうん頷きながら読むことになりました。

 

 

「相手に対して抱く不快感は、自分のこころの中に植え付けられた価値観が原因となっている」

 

「自分のなかに、正しいと思って刷り込まれた価値観が多ければ多いほど、他者に対して「許せない部分」が増えていきます」

 

「自分が他者に対して不快な感情を抱くということは、自分の心のなかに不快感をもたらす価値観が強く根付いているからです」

 

「それに気づいたことだけでも、とりあえず「よし」と考える」

 

もう「まさに!」と思ったのです。私のことじゃん、と。

読んだ翌日、さっそく書き出してみました。

 

「一つの方法として、私たちが他者のどういった言動に対して不快感や嫉妬といった感情を抱くかが判断材料になります」

 

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自分の価値観の中に、自分を不快にするものがある。

ムカつく相手がそれを教えてくれている。

じゃあ、私にとっての「ムカつく相手」って?

 

・具合が悪い訴えを頻繁にする。

・弱弱しい

・か弱い目

・不定愁訴

・泣いている人

・何をしてほしいのか何を求めているのかよくわからない人

・(ほかの)人が何とかしてくれると思っている人

・自分ばかり被害者だとアピールする人⇒人のせいにばかりする

・言うことを聞かせようとしてくる人、支配的

・えらそうな態度をとる人

・いいかっこうをしようとする人(見栄を張る)

・知ったような口を利く(浅い)

・人の気持ちを大切にしない

・人に気を使いすぎる

・女のユーチューバー

・甘えた声

 

と、バーッと書き出しました。そこから、自分にある価値観を考えると…

 

「強くあらねば」

「弱音をはいたらダメ」

「いつも正しくないと」

「女の子はおしとやかに」

「女の子はかわいい」

「女の子はゆるふわ」

「いい人でいなきゃ」

「優しい人でいなきゃ」

「怒ったらダメ」

「親の言うことは聞くもんだ(従うのが当たり前)」

「意見を主張すべき」←強さのひとつとして

 

と書いたところで、「そういえば、私って幼いころから強くなりたいって思ってたよな」と思い出します。

私にとっての”強さ”って、何なん?

と思ったとき、こんな答えが出てきました。

・泣かない

・弱音をはかない

・弱みを見せない

・正しいことを言う

・人を助ける

・完璧

・人をコントロール(支配)する ⇔ 自分をコントロールしたい

・人を頼らない

・人を許す

 

強さへの執着があったなー、ずっと。それはもう、いらないな。1こずつ手放していこう。

私の中で、めっちゃ「女らしく」を求められた時代があり、「男らしさ」への憧れに変わった。「男らしさ」は見た目の、例えば服の色から始まったと思う。(注:現代では男の色とか女の色とかないけど)

カーキかっこいい、あとカチッとした形の服(ジャケットとか)、体形をひろわないゆったりした形とか。その「男らしさ」は、内面の強さへの憧れへ。ケンカは好きじゃなかったから(言い合いとかも)パワーの方には(拳で語り合う的な)傾かなかった。

 

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というのが、私が書き出したこと。菊の節句から数日たった日のことでした。

 

書いているときから「そうか、そうか!」と筆が乗り、とりあえず決めた時間まで書き終えたときにはけっこう気分がすっきりしていました。

「だから私、あの人のことムカついてたんだ!」と腑に落ちたり、「だから私は何度も強さを求めている人との出会いがあったんだな!」(しかも、同じく強さに執着しているから相手を愛おしく思えてしまう)と気づいたり。

不快にさせる価値観がそうさせているのか、コンプレックスを刺激されると攻撃性が出ちゃったりもするよ…でもしかたないよ、私のせいじゃないw

 

このタイミングで、「執着を手放そう」「もういらないな」と自然と思えたのも、何かのタイミングだったんだろうな、と感じています。

ちょっと肩の力が抜けたかな、抜けたかも。