初記事です。なのにテンション低いです。
もう4日ほど前の話ですが・・・Red Hot Chili Peppersのギタリスト、John Fruscianteが自らのMy Spaceで脱退を発表・・・
SAツアーを終えて、活動休止宣言をしてから約1年半。
やっと聞こえてきた活動再開の報せにテンションあがりまくった矢先、嫌な噂が現実に。
まだバンド側からコメントは出てないけど、そこに期待してダメだった時に、自分がダメになりそうなんで期待してません。
初回からアレですが・・・語ってもええですか。
題名「僕とチリペッパーズを。」
3年B組 ぱおくん
まだ自分の目で直に女の子の裸も見た事ないようなションベン臭いガキの頃、ブラウン管の中で銀色の変な外人が「ギブルゥウェイナァァーーーー」って叫んでた。
本気で「こいつら宇宙人だ・・・」と思った。
それから彼らの音楽はもちろん、ライフスタイル、哲学、過去現在未来にのめり込んでいくのに、ちょっと時空をジャンプして辿りついたのは高校1年の頃。
最初に好きになったのはフリーだった。ピョンピョン跳ねる変なおじさんは、プレイもハートもどこからどう見ても最高にファンキーでクールでクレイジー。
おれの「ダサカッコいい至上主義」は、この人によって形成されたと言って間違いない。
それからアンソニーが好きになった。いやほんと惚れた。
英語だから100%の理解は出来ないけど、アンソニーのリリックなら叙情詩も韻踏みも大好きになった。正直だから。
アンソニーを知って、おれもいつかあんなふうに魂を乗せて歌ってみたい、と思うようになった。
チャドの偉大さを理解できたのはかなり後になってからだった。
チャドがチームプレイをすごく大切にしている事に気付いたからだった。それからプレイに引き込まれた。
「おれは常にハードでタイトにいく。そこにみんなが味付けしていく。それだけだ。」
自信に満ちた大黒柱。今の日本に欠けてるものを彼は武器にしている。
元々、ギタリストにあまり執着がなかった。楽器と言えばギター、野球で言えばピッチャー、サッカーで言えばストライカー・・・「花形」になりたいと思った事があまりない。真実、手にした楽器はベースで、守ったポジションはキャッチャーだった。
ある日気付く。芸術にも自分の価値観を擦(なす)りつけていることを。
もっともそれはごくごく最近の話なんだけど、きっかけを与えてくれたのは、今思えば、
ジョン・フルシアンテ
その人だった。
他人の作品に触れるには、心をフラットにしなければならないこと。
批評も偏見も、賛美も狂信もいらないこと。
ただ感じればいい。大切なのは、いつかそれが自分の血となり肉となること。
それが、ジョン・フルシアンテの音楽だとおれは思う。
もうジョンがいるチリ・ペッパーズは見られないのかと思うと、失恋した時のような心臓がキシキシする感覚が襲ってくる。
でも、おれは彼の選択に批判も賛成もしない。
ただずっと応援していく。
長生きしてほしいし、叶うならまたどんな形でもいいからギフトを届けてください。
ジョンが抜けても、チリ・ペッパーズは消えないし、ジョンが抜けたチリ・ペッパーズがどんなパフォーマンスを見せてくれるのか楽しみな気持ちも持ってる。
John Frusciante & Red Hot Chili Peppers FOREVER!!
