交流級へ行くようになってから、考えさせられる事が増えました。
当人同士では解決できない事。。
一緒にどうしたらいいかを考えて、ノートへ書き先生へ渡すことにしました。

先生へ。
いきなりですけど、お願いがあります。それは・・
交流級の人が私の悪口を言ったり(ぜっこう、変だよね。)したり
「なんで支援級にいるの?ふつうなのに。」って言われて
本当に悲しくて本当に困りました。
なので先生からみんなに、ぱんずの事を説明してほしいです。
ぱんずは、がんばって交流級にいます。
つかれるし、意外とつらいです。
それでも少しでも交流級にいたいので努力してます。
でも悲しいし困るしつらいので、しばらく交流級のじゅぎょうを
しばらく、お休みさして下さい。
でもそのかわり、給食は毎日行きます。
のどを鳴らすチックが出ているので、それがおさまったら
また授業に出させてください。
あと、先生との交かん日記をしたいので、返事をまっています。
                      ぱんずより
先生は裏に書いてください。

二枚目の作文以降、学校生活は落ち着いてきて


普通級の交流給食へ参加。


授業へも参加。


あたたかく迎え入れてくれたりする仲間にも出会いました。


すすんだり、戻ったりを繰り返しながら、6年生になりました。


そして小学校最後の運動会を終えて。。



運動会私は、組体操が心に残りました。


最初は、みんなと同じことが出来ませんでした。


ピッという合図で、動けませんでした。


毎日、毎日練習があったので筋肉痛になったり、動くのがいやになった事もありました。


だけど、お母さんがはげましたくれました。


本番では。手をぴんとする事と、背中をまっすぐにする事をめあてにしました。


ピラミッドも全ぶ成功して、うれしかったです。


友だちが「がんばったね。」と言ってくれました。


お母さんの所に行ったら泣いていました。どうして泣いてるのと聞いたら


「ぱんずが、ほかの人と同じ事が出きて、うれしいの。」と言ってくれました。


私もうれしくなりました。



そして、二つ目の壁は「切り替え」です。


私たち発達障害は、切り替えが普段の人と違って遅いです。


なので「早くやろう」「がんばろう」などと私たちは頑張っているんですけど


よく学校の人や他人の人に誤解を受けてよく私は、心が折れて


「死にたい」「なぜ、何のためにうまれてきたんだ」「なんで発達障害なんだ」と


思ってしまい、何にも出来なくなって私は、くじけてしまいます。



以上、二枚の作文でした。


ぱんずが打てないので、母が代わりに作文をうっていきます。


これが10歳の時に書いたものです。

この間なぜだか・・・・妊娠した夢を・・・・見てしまいました・・・・


お母さんが言っていたことは、うなっていたよと言ってました・・・・


確かに・・・・妊娠した夢を見たとき、痛みを感じました・・・・


なぜいきなり妊娠した夢を・・・・見たんだろう・・・・


不思議です・・・・


あっっ!!!


寝る前に・・・・妊娠から出産する人のテレビを・・・・見たんだった・・・・


だから見たんだ・・・・


まぁ・・・・


いっけんらくちゃくで・・・・


てきとーです。


まぁ・・・・よかったです。


もう見たくないな・・・・・・・

今日、7月号の進研ゼミが終わりました。


しかも・・・・6日で終わりました。


赤ペン先生は、5月号の算数、6月号の算数、7月号の算数、7月号の国語を、出しました。


答え合わせも、バッチリです。


6月29日、努力賞という物が届きました。ドキドキシリコンウォッチを、貰いました。


日にちと、時刻が分かる時計です。便利で、とても使いやすいです。


次は、48ポイント貯めて友達には、スパイグラスをあげて、自分は、かわいい筆箱を、

目指してます。


赤ペン1枚4ポイントなので、4枚出したので16ポイントです。


48ポイントには、まだまだだな・・・・・


頑張ってポイント貯めます。