こんにちは。
今回は、法華経に出会ってからの自分について書きます。
自分が、法華経の教えに出会ったのは、
9歳のころだったと思います。
小学3年生で、母から、法華経やりますが、いいですか?と聞かれ、
いいよと答えました。
私は、自分をなくすことで、荒れ狂う家庭の中を生き抜いてきました。
親に逆らうこと=生きることができないと考えていました。
良い子にしていれば、母に愛されると考えていました。
しかし、法華経を初めても父と母の喧嘩は絶えず、
私への八つ当たりもやみませんでした。
法華経をやれば、救いの道があるのではないかと思っていましたが、
なかなか救われている感覚はありません。
母も苦しそうなままです。
そして、法華経を周りの仲間から、教えていただきましたところ
①法華経とは、親孝行の教えであるということ
②先祖ご供養の法であること
③つどいを行い、人の話を聴いて、自分も話して、自分に気づき、自分を変えていくこと
とのことでした。
私には、まず①の親孝行のところでつまずきました。。
親に感謝をしていないわけではないのですが、
それにも増して、八つ当たりされ人権を無視されていることに
憤りを感じていました。
憤りを抱えたまま、
9歳~28歳まで生きました。
13歳のときに、死にたいと思うほど、無気力感に襲われ、なにも手につかなくなりました。
完全に母の支配欲に負け、自由を奪われていました。
私は、なにがしたいのか一切わからなくなりました。
そんな私のもとに救世主があらわれました。
私の苦しみを理解し、私の最大の味方になり、父母と戦ってくださいました。
私はその方に死に物狂いでついていきました。
毎日、死にたいと思いながら、それでもなんとか社会生活を送れるようにと、
二人三脚で頑張りました。
私の心には、いい子でいなければ、人に捨てられるという概念が刷り込まれていたせいもあり、中身がどうというわけではなく、ただ救世主にも捨てられてしまわないようにふるまっていました。
私が、人の心を取り戻すまで、20年かかったと感じています。
人の心を取り戻すとは、支配された心ではなく、自分の責任において、自分の人生を生きると
感じることです。
ここに至るまで、父母との対決がありました。
人の心を理解できない父母と話し合うことは、容易ではなかったです。
その中身を言葉で表現できることができるときはくるでしょうか。。
無罪を主張する犯罪者に自白させるためにどう話そうかと考える感覚に似ていました。
自分がやってしまったことを理解しようとしない態度に私は何度もひるみ、
何度も挑みました。
100回くらい挑戦したのではないでしょうか。
出口はちゃんとありました。
出口はなんと、父母の罪は、自分自身も同じ罪を持っているというところでした。
あぁ、なんと苦しい結果でしょうか。
たとえ、父母が物分かりがよく、話を理解し、謝罪していただいたとしても
私は、私の修行には変わりはないのだということがわかりました。
法華経は、先祖ご供養という考えのもとにございます。
先祖ってなに?ご供養ってどうするの?と思っていました。
私が20年仲間たちと話し合いぶつかり合いながらたどり着いた答えは、
先祖とは、私に命を繋いできた、父母そのまた父母そのまた父母億憶万劫の魂。
ご供養とは、ご先祖様の苦しみに気付き、行動を変え、心を変えることで、ご先祖様は楽になるのだと感じさせていただくことができました。
完璧になることを目指すのではなく、感謝の心を育てることを目指していくことであるということです。
人の邪魔をしないように生きていくのではなく、自分のできることを精一杯やらせていただき、
魂を磨いていきます。
何もできないなんて思っていたことに、大変申し訳ありませんでした。
自分を大事にすることができず、ご先祖様をないがしろにしていたこに気付きました。
科学的にきっと脳や心には、幼少期からの傷が残っていると思います。
しかし、法華経は、それを超えることができると思います。
超えさせていただけように、ご修行させていただきたく思います。
大地に感謝。
自分に感謝。
しあわせは、今です。