赤ちゃんは赤子のときにその可愛さで大半の親孝行を終えてる、とかなんとか言うそうですね。
本当にその通りだと思います。
その存在だけで癒される。
生まれてきてくれてありがとう、って
寝てる姿を見ても、ジタバタしてる姿を見ても
顔をシワくちゃにして泣いてる姿を見ても
おっぱいに吸い付きながら寝てる姿を見ても
一生懸命ミルクを飲んでる姿を見ても
プウプウおならも
沐浴で身体を揺らしてる姿も
「かわいい」って笑顔になる。
わたしはなんだか照れくさくて
あまり赤ちゃんに話しかけたりはできないんですけど、
話しかけるとしたら「かわいいね~」ばっかり言ってます。
でもそんな毎日を過ごしてもう一つ気づいたことがあります。
それはわたしの母への感謝です。
わたしの記憶では母に母らしいことをしてもらった覚えがなくて
わたしを放って遊びに行ってたことや、わたしが受験勉強してるのに泣きながらわたしの部屋に入ってきて父の悪口を言って離婚すると言ったり
母親というよりも友達のような、母親らしさを感じない母でした。
でもそんな母を嫌だとかは思ったことなかったけど
わたしの成人を目処に両親が離婚して、わたしは父のことを人としてとても軽蔑していて
自分の結婚式に呼ぶのも嫌だったのですが、そんな折に父が脳出血で倒れて
自分の結婚のこともいろいろあるのに、母から
「あんたはパパと血の繋がった娘なんだから面倒見てあげなさい」とか言われて
自分は嫌で離婚したくせに血の繋がりなんかでわたしに父を押し付ける母とその時、人生で一番ケンカしました。
父を遠ざけるわたしに母は
「そんな人でなしに育てた覚えはない」とかなんか色々言われました。
「そんなにパパが心配ならお前があいつと再婚して面倒見ればいいだろう」と言い返しました。
「自分からあたしにパパの悪口を言って軽蔑させたくせに、今更面倒見てやれなんて無理に決まってるだろう」と言い返しました。
「そもそもあんたに育ててもらったなんて思ったことない、あんたはいつもあたしを放って遊びに行ってたじゃないか、今更血の繋がりとか母親づらとか、ウンザリなんだよ」と言いました。
だいたいその通りだと今と思うんだけど、一つだけ間違っていたことがありました。
今のわたしがいるのは、
赤ちゃんのときのわたしにおっぱいをくれた母
オムツが汚れるたびに変えてくれた母
何もできない赤子のわたしを生かしてくれたのは母だから
ちゃんと育ててもらったんだって
今、自分が赤ちゃんにおっぱいあげてオムツを変えて過ごしている中で気付きました。
赤ちゃんの少しの変化にも敏感になってしまう今日この頃。
赤ちゃんが何事もなく成長してくれるのは奇跡みたいなものだと思います。
だからわたしが今こうして生きてるのは紛れもなく母のおかげ。
実家での生活も残すところあと3日となりました。
最終日までになにかの形で母に感謝を伝えたいと思っています。