正直、私はそんな生活が好きでした。
やることさえしっかりしていれば自由なのです。
学校帰り、母親の車が無いことを願いながら毎日下校していたことを覚えています。
ごくごく稀に居る時があったので、その窮屈さは半端じゃありませんでした。
そんなある日、軽い事件が起こりました。
兄が弁当を届けにきた母親に泣きながら訴えたのです。
「僕たちはいつになったらお母さんのご飯が食べれるの?いつになったら温かいご飯が食べれるの?お弁当はもう嫌だよ。」と。
小学校4年くらいだったかと思います。
涙ながらに訴える兄の姿にはグッと来るものもありましたが、私はすぐ冷静になりました。
(おいおい。余計なこと言ってるんじゃないよ。今のままのが楽だし、僕はそんなこと考えたこともないぞ・・・。これで家に居るようになったらどうするんだよ。)
そんなことを考えながら二人のやり取りを見ていました。
すると母親も泣きながら、
「ごめんね。そんな風に思ってたんだね。これからはちゃんと作るよ。」
と、あっさりお涙を頂戴して改心の方へ向いてしまいました。
その時の私は、複雑な感情でした。
兄の言動は間違いなく、子供として必要な感情と訴えだったと思います。
私は心底、余計なことをしてくれたなと考えていました。