私は有岡大貴にごっそりハマった。私はそこからジャニオタになったのだ。まさか自分がジャニオタになるなんて思ってもなかった。アイドルを好きになるということは、まず、他の人に理解されにくい、大体は引かれる。自分の好きなタレントや俳優がカッコいい少しでも思ったならば、それはオタクになる初期段階といってもいいだろう。大事なのはその後でその人物のことをもっと知りたいと思い、調べたり、動画を見ることにより、好きというおもいが強くなり、オタクへ走るのだ。結果からすると、その人を調べるか、調べないかでオタクな始まりは決まる。つまりどな人もオタクの要素があるのだ。だからオタク=差別は違うと思う。

話が変わるが、先ほどもいった通り、私はこの3年間有岡以外、推すなど考えてもなかったし、むしろ掛け持ちが嫌いなほうだった。私にとっての有岡は冷めきもあったがリア恋のときもあった。自分が有岡担であることに、誇りを持っていたし、友達も有岡担のイメージが強かったと思う。しかし今私は、大橋和也という子に出会ってしまった。最初に言わせたもらうが、私は彼を見た時、有岡に似ているからと言い近ずいた。しかし今では有岡ではなく、彼自身の性格や関西らしさの面白さにどっぷりはまってしまった。そこから、私の掛け持ち人生が始まった。今のところすごく幸せだ。しかしやはり掛け持ちということは、どちらもキレイに50%、50%に好きという日はわからない。しかしどちらも大好きということには変わりはない。友達には結構どっちがすきなの?と聞かれる人も少なくはないだろう。でもそれで、どっちも答えて何が悪いのだろう。どっちも応援してはいけないのか?こちら側としては、掛け持ちといった以上、ちゃんとどっちも、ライブももちろんいくし、情報も確認するしほぼ、一人を推すのと変わりのないことを二人分やっているだけだ。それ故にとても楽しい。そう。掛け持ちのメリットは、死ぬほど楽しいのだ。1番の喜びは、自担と自担の共演だ、または二人の話の中にどちらかの話があることさえも嬉しい。 


今日はここまで、次は続きから載せます。
堅苦しくて、長くてごめんなさい、、、。


ぱん