こんにちは、長男くんです。

たくさんのいいねコメントを頂き本当にありがとうございます。

(コメントに関しても、過去に頂いたものはすべて目を通しております。
時間に余裕が生まれ次第返事が出来ればと考えております。)

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9/4(夜) ~ 9/5 5:20

本当に静かな夜でした。
何もなかったのがむしろ不思議で仕方ないほどです。


9/5 5:20~

私の目が覚め
すぐさま父の元に駆け付けると

私の目覚めと同時刻に目が覚めたのでしょうか
父はほとんど動かない体をバタバタと動かしてました。


呼吸は過呼吸に近い状態。
常に呼吸に声が伴っていました。

「あぁー」「うぅ-」
といった声です。


呼吸の仕方が変なのは今に始まったことではないのですが
確実に悪化していました。


また、胸元を手で押さえるような動作が見られました。
ずっと「はぁはあ」と呼吸していたので
痰が絡んだり喉が乾燥していたのかもしれません。



皮下注射に関してですが

皮下注射は私が病院で診てきた点滴台に吊るすような
自然に投与されるものとは違い
薬を一定量常に機械を通して流し続けるものでした。


在宅医療の先生の助言でしたが

「皮下注射に効果が見られない場合には機械についているボタンを押してください。
 投与させる薬の量が一定の間増えます」


一晩越して父には既にこの皮下注射の効果が薄くなっていましたので
ボタンを押して薬の投与を増やしました。

別れの意識が自分の中で本格的に現れ始めた瞬間でした。


9/5 7:00~

在宅医療の先生がいらっしゃいました。
プロの手であれよあれよと座薬を入れました。
少しでも楽な最後のためです。


それでも体の痛みもピークを迎え


父「腰から下は全部いらない、痛いから」


というほどでした。


体勢を入れ替え入れ替えでないと
寝ている状態では腰が痛み
少しでも体を起こした状態では力が入らないため倒れそうになります。


父の身に起きていたすべては昨日から悪化したことばかりです。



9/5 9:30~

先生が処方していた医療用麻薬の在庫がどこも尽きていました。

辛うじて市内の薬局に在庫があるということで
私と下の妹がこれを取りに車を走らせました。


また口腔ケアスポンジをついでに買います。


というのも口の中は乾燥からか切れている箇所が多く
がんのせいで白血球が少なかったため血が止まりにくい状態だったからです。

口内は血だらけでした。



ですので以下のように行動しました。


母→家で休憩を取りながら父の様子を見続ける

上の妹→生活リズムが通常と異なっていたため仮眠

私と下の妹
→市内の薬局へフェントステープとジクトルテープを取りに
 その後は口腔ケアスポンジと日用品を買い速やかに帰宅


薬局に訪れた際にはとても丁寧に対応してくださいました。

その後ドラックストアで口腔ケアスポンジと日用品を買いますが…



9/5 10:21


家につき車をちょうど停車した瞬間でした。

上の妹「パパが、パパが!!早く来て!!」


すぐさま駆けつけると…





全てから解放され
ただ静かに父は眠っていました。






私と下の妹が家に着いた瞬間
その車の扉を開けた瞬間だったようです。

最後を看取ったのは母だけでした。

もうあと数秒待っていてくれれば
私と下の妹と会えたのに。


どうしても待てなかったようです。
痛いのが嫌いだったので待てなかったようです。


あと少しほんの数秒が


それでも最後は母と過ごせたようです。
いや、最後こそ母と過ごしたかったのでしょうか。


誰もいない中静かに眠るという選択肢だってあったのに
誰かがいる時を選んだ、と考えています。


2匹の猫に近くでずっと見つめられ
母に声を掛けられている状況


それが父の最後の選択でした。



欲を言えば
母の誕生日が 9/6 だったのでそこまで
待ってほしかったです

誕生日くらいは一緒に過ごしたかったです




もっと言えば

ありがとう お疲れ様 頑張ったね

といった少ない言葉でいいから



今日は晴れた!

なんて大したことのない言葉でいいから

聞いて欲しかったです
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母は詳細にその最後を覚えています。
後に教えてくれました。




私と下の妹が薬局に行った後は

『 呼吸の様子は過呼吸に近い状態。
  常に呼吸に声が伴っていました。
 「あぁー」「うぅ-」
  といった声です。 』


と上記しましたが


だんだんその声が小さくなっていったようです。


その後は何度かあごをかくかくと動かし

ゆっくり と 
スーッ と

息を引き取ったようです。



よくドラマで見るような
誰かの手を握って
「あとは任せた...」
「ありがとな…」



なんてきれいな話ではありません。


何も言うことが出来ず
目が半開きの状態で
口も開いたまま
目は虚ろで
汗だらけで胴体は熱いのに
四肢はとても冷たい


予約で来ることになっていた訪問看護の看護師さんがちょうど来て
在宅医療の先生にすぐ連絡し
駆け付けていただきその最後を詳細を話しました。

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9/5 はなぜかとても晴れていました。

それまで数日間は曇りか雨だったのに
予報も曇りだったのに



こんなにも美しい景色の中
最後を迎えられたので

父は幸せだったと思いたいです。




長いこと一人で戦う中で
私たち家族と過ごした

病気のお陰というといまだに腹立たしいですが

病気のお陰で家族がより仲良くなれた
より楽しい人生だった

そう思えます。





これ以降は更新が遅くなりますが

①9/5以降の葬式や手続き
②2020年6月以降の経過のまとめ
③ブログを始める前の、このブログには載っていない病気を宣告された当初の様子

をまとめられればと思っています。

とりあえずはここで一区切りしておこうと思います。


父の物語を最後まで読んでくださり、ありがとうございました。