こんばんは
娘の育児に奮闘中です![]()
カピバラさんが好きなpankapi358です。
今まで家づくりの事を書いてましたが、まだ建てるぜ!のとこまでいってないので
少しお休みです。
こちらも過去編になるのですが、妊娠・出産時の事を書いていきます。
結婚して6年経ちます・・・あっという間ですね~ それはさておき![]()
当時は、子供が欲しい!の願望が強くなく結婚してもまだ2人の時間を~という
感じでした。
あと、妊娠してつわり・陣痛に怯えていたのが大きかったです。
つわりで動けなくなったらどうしよう・・・![]()
吐きづわりとかやだな~
体力もつかな・・・とか不安でいっぱいでした。
陣痛もそうでした・・・ドキュメンタリーで見たことがあるため顔は普通にしてても
心の中は![]()
の状態でした。
妊娠が分かった時は「やったー!
」より「え?嘘でしょ・・・
」と。
血の気が引いたぐらい不安が大きかったです。
喜びどころじゃなかったです。喜べる人が羨ましいです。
両親に報告するとしたら、安定期に入ってからというのが多いんでしょうか?
翌日に言いました。なんか黙ってられないというか言いたかったのもあるのですが。
義両親にも数日してから直接 夫と一緒に言いました。
つわりで酷く倒れるんじゃ・・・食べられない日があるんじゃ・・・
と身構えてましたが
酷くなかったです。 ちょっと匂いで気持ち悪い・・・
ぐらいでした。
なぜか異様に喉乾くので水筒を持ち歩いてました。
お腹が大きくなるにつれて、動くと疲れる・・・動悸もしたかな。
夫に「運動不足だからじゃない?」と言われた時は・・・
ムカッ![]()
ときましたね![]()
食事は制限されることなく(体重増やして!と言われてました)
食べれるものを食べれるだけ食べて自由にしてました。
そのおかげか3キロちょいの娘が生まれました![]()
細身な体からまさか3キロの娘が出てくるとは思いもしませんでした。
推定体重で「3キロ超えてるねー
」と言われた時はショックでした![]()
食いすぎたかな・・と 自分自身の体重は超過はなかったのですが。
陣痛が来た時は、なんか痛いな・・・ いたたた・・・・
これ産まれるかな? 間隔もまばらな状態でどうしたらいいか分からずで
産院に電話したら「10分間隔になったら来て」と言われて電話を切られて・・・![]()
そやけども・・・そやけどもな・・・痛いんですけど・・・
しばらくしてから再度、産院に連絡して行き 診てもらい分娩への準備に。
出産は、和痛分娩をしていたので痛みは半減された状態で産みました。
完全に無痛ではなく、痛みを感じながら出産してもらいたいという産院の方針でした。
麻酔の調整が出来る(ボタン渡されて)ので痛みに応じて加減が出来るというものでした。
渡されたものの 押していいのかな・・・
選択肢与えられても困る・・・
そんな状態でした。
ちなみに麻酔は硬膜外麻酔で針が刺さったままの出産でした。
これもこれでドキドキでしたが、痛みが和らぐのなら・・と。
麻酔の先生が大学からの応援なため、渋滞で間に合わないかも(子宮口が開きすぎるとできない)と言われた時は「はよ来てー!
」と思いました![]()
あまり麻酔し過ぎるといきむ力が弱まるから止めておいた方がいいと言われ
ボタンを2回だけ押して(トータル) 半分痛い状態で出産しました。
鼻からスイカ!やボーリングの球が!な例えがありますが自分は・・・
○○○でない!な状態でした
はよ出したい・・・!の気持ちでした。
陣痛が始まった時は、ものすごい力で骨盤を上から押し広げられてるような感覚でした。
体力の消耗も少なく生まれた娘をまじまじ見ることが(母子同室)できたのですが、
翌日に熱を出し(足が抜けそうな感覚でした)、娘は黄疸が出て日サロかな?という感じで
新生児ステーションにしばし光を浴びていて。
退院時までには黄疸がなくなり、一緒に退院出来ました。
最初は数時間おきにミルク・オムツ等で大変だー
と思ってましたが
今思うと 全然楽(マシ)だなと思ってます。
動きだしたらもっと大変!自己主張しだしたら大変!になってきました。
新生児の頃が懐かしく思います。あの頃は可愛かった・・・・(遠い目)![]()
パワフルな娘に振り回されて疲れますが、子育ては全速、全力かなと思いました。
おかげで体力が付いてきたので良い事かなと。
親としては未熟だけれど、娘が楽しく幸せに過ごせるようにはしたいなと思います。
拙い文章でしたが読んでいただきありがとうございました。m(__)m