道通神社、その3
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元々こちらの神社は、永禄年間より近郷住民の崇敬社として栄えていました。
だがしかし、時は戦国乱世に突入。
国中が戦火に覆われ、村人はそれはそれは苦しみ・・・ぶっちゃけ今を生きるのに精一杯だった訳です。
そんな事から神事を行う者もなく、神社は荒廃の一途を辿り、見るも無残な状態となりました。
そんな村人たちを更に疫病が襲い、その上災害にも見舞われ、結果穀物も実らず住民は苦しみ疲れ切ってしまいました。
すると誰が言い出したのか、人々の間に「これは道通様の祟りだ」という噂が広まり始めます。
人々は集って相談し、当時信仰の島であった横島の地に御神体を奉じ、社殿を造り祭事を行いました。
その後は災害悪疫も後を絶ち、総ての苦境から脱することができました。
と、言うお話。
・・・・・実際祟ったのかどうかは分かりませんが、正しく祀ったお陰で苦境から脱出できたって事ですね。
祟ったのではなくて、最初から御神徳だったって話にしとけば綺麗に纏まるような気もするんですが

いつの世も人を動かすには、畏怖の念やら恐怖心やらの方が手っ取り早いのかもしれませんね~

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