『思い出の箱』
あれは何時だったか……
僕がまだ小学校に入ったばかりの頃……
いや、もっと以前か?
若しくは夢だったのか……
時期は曖昧ながら
会った記憶は鮮明に残っている。
その人はボロボロのズボンを
引きずるように履いていて、
手には平ぺったい筆入れみたいな物を持って
突然、僕の前に現れた。
辺りは夕暮れ、僕は急いで帰宅途中で、
不意に現れたその人にぶつかり
転がってしまった。
強か打った膝をさすりながら
その人を見上げたら……
こっちには目もくれず、辺りを
「ヘ~あんまカワンネ~」
と言いながら眺めていた。さすっていた膝にピリッと痛みがはしり
少し声を上げた僕にその人はやっと気付いたらしい。
「お?ワリィ。血?!痛くね?』
痛いと抗議しながら立ち上がったものの
僕はその人の訛りの酷さに興味を覚えた。
お詫びに僕を家まで送るというその人は
優しい笑顔で手を差し伸べてくれた。
握ったその人の手の温もりは
何故か懐かしさを感じさせた。
それから帰り道、
その人を質問責めしたのだが
殆ど笑うばかりで答えてくれなかった。
そんな僕に一つだけ
その人は質問を投げかけた。
「じ……いや、親父、元気?」
僕はささやかな抵抗で
内緒
と返した。その人は『ソカ~』と言って
「じゃあ、これのこと教えるから
俺の質問?答えてくれね?」
と取り出したのは
さっきまで手にしていた薄い筆入れ、
若しくは大きめの蒲鉾板みたいなモノだった。
僕は思わず頷いていた。
「これは……なんてイヤァいんだ?
んと…これは、
夢と思い出の詰まった箱?」
僕は首を傾げた。
だって、解らないものを教えるのに
こっちに訊かれても分からないから…
「んだよな~わかんねぇよなぁ
コレにはオレの思い出がギュ~ッと
詰め込まれてんの」
と言って僕に蒲鉾板を見せた。
その板面に写真が貼り付いていた。
その写真にはその人と
僕の父親によく似た人が写っていた。
「な?
他にもいっぱい『キノウ』有るんだぁ」『昨日』がいっぱい詰まってるから
『思い出の箱』なんだと僕は理解した。
そうこうしているうちに家の前まで来た。
父親に知り合いを連れてきたと
いち早く報せるため、
僕は一人で家に駆け込んだ。
僕を待っていたのは
鬼の形相の父親だった。
有無も云わさず殴られ、
心配していたと怒鳴られた。
泣きじゃくってしまった僕は外を指さすのが精一杯。
それに気付いたのは母で、
玄関先まで出て行って、すぐ戻ってきて
父に報告していた。
妙な服装の若者が一礼して去っていったと
見知らぬ人の筈だが、
何処かで会った気もすると付け加えていた
……………………
残業が続いたせいか
そんな思い出の奥底で眠っていた記憶が浮かんで来た。
未だにあの人が誰だったのか定かではない、
しかし、あの手の温もりと
優しい笑顔は僕の支えになっていた。
何ら根拠のない
いつかまた会えるだろう
そんな気持ちがそうさせていたのかも知れない。
不意に僕のスマホが鳴った。
疎遠になっていた息子からだ。
高校を卒業後、
夢を手にすると啖呵を切って家を出て行った。
妻とは連絡していたらしく、
先月の父親、アイツの祖父の葬儀にはチャカリ参列していた。
父は息子を溺愛し、
アイツの夢の後押しもしていたらしい。
僕には厳しかったのにな…
そんなことが頭を過ぎりながら電話にでた。
「最近、面白れぇアプリ見っけたんだ。
親父も使ってみれば?」
その申し出はやんわり断ると
「そか、気に入ると思うんだけどなぁ」
相当残念そうな物言いが気になる
「このアプリ、
夢のハコに変えてくれるんだぜ
俺と親父のスマホをさ」
ん??
何だ?この引っかかりは………
「昔さ、俺に蒲鉾板の話、
してくれたじゃんか?
それってさ……」
やっと昔からの謎が解けた。
昨日、息子に無理やりスマホで
ツーショット自撮りをさせられた。
そして、最新アプリの話……
僕は息子に伝えた。
「今からすぐ帰るから
じっくり話、訊かせろ」
カラカラと笑う
息子の声を聞きながら電話切り、
僕はデスクをそのままに
オフィスを駆け出して行った。
おわり