東日本大震災
あの日から6年経った。
震災の犠牲になられた全ての方々に
哀悼の意を捧げます。
その時、自分は何をしていたのか
思い起こすと……
自分は仕事のために
住宅街の交差点に立っていました。
初めは眩暈かと思いました。
でも、周りを見ると
電柱が揺れ、電線が波打ち
水溜まりの水が揺れていて、
これは地震だ
と、分かりました。
近所の住宅から少年が
歩道に飛び出して来て
不安げに辺りを見回していました。
目があったので、安心させるために
何度か頷いてみせました。
揺れ幅は大きく、ゆっくり動いていて
長く感じられ
あたかも舟に揺られている
そんな感覚でした。
揺れが収まって程なく
ラジオを聴いている通行人から
震源地を聞き
事の大きさが推測され
恐怖と不安が自分を支配して
今すぐにでもテレビで確認したい
そんな思いに駈られましたが
仕事の途中で
それは叶いません。
暫くして
他の場所に移動する際
カーラジオで
切羽詰まったアナウンサーの声を聞き
甚大な被害を伺い知れました。
仕事を終え、帰宅しテレビを見て
愕然としました
何なんだこれは……
これは現実なのか?
民放からCMが消え、
どのチャンネルも
報道特別番組となっていて
震災の報道がなされていました。
自分はそれを食い入り
寝るのも忘れ
見続けていました。
あの不安と怒りは
今でも忘れられません。
怒りは
何も出来ない自分に向けてです。
ふと、
ノストラダムスの
四行詩の一節が頭を過りました
『涙を禁じえない』
彼もこの光景を見たのかも知れない。
そんな思いも抱えていたのを
思い出されます。
あれから6年経った今、
余震と思われる地震や
新たな災害
避難を余儀なくされている方々
今なお被災の最中に在るのだと
感じます
俄に変わりつつある世界情勢
また起きるであろう大地震
不安の種は尽きない昨今、
目を背けてはなりません。
それに向き合わなければ
明るい明日は
見えてこない
と
自分は考えています。
あれから6年
自分に何が出来るのか
改めて考えてみよう
そんな思いに駆られています。
ではまた