実母のお話は

私が生まれる前のお話から始めます。

少し長くなりますがお付き合いください。


現在を遡る事60年前、昭和30年代

私の実母は20歳の時に、親の決めた人とお見合いをして見合いから3ヶ月で結婚しました。


何故なら、歴史上に残る台風の日に交通機関が止まり家に帰る事が出来ず、父親に内緒で都会の洋裁学校に通っていたのがバレたからです。


学校を卒業したら就職をさせずに嫁がせるのが親としての甲斐性と考えている父親。独断で父親に内緒で娘を都会の洋裁学校に通わせたと

不治の病で寝ていた妻に対し手を挙げた程で、そうした訳で有無を言わせずに、直ぐに見合い話しを決めたのです。


どのみち、

祖父母家の考えでは結婚は親が決めるもの。

遅かれ早かれ結婚させられたに違い無いのですが、結婚等に興味も無く、デザイナーを夢見ていた実母は絶望したそうです。


その見合いの相手が実父ですが、実母に一目惚れして結婚話しはまとまりトントン拍子で結婚になりました。


結婚したく無かった実母は結婚早々とんでも無い事を新婚旅行でやらかしました!!


2泊3日で新婚旅行に出かけたものの、勝手に

新婚旅行を切り上げ

帰って来たらしいのです!

何が起きたか分らないが???

実父のメンツは丸潰れ!


実父は3男ながら父母や兄妹と同居して、裕福ながらも、大姑、小姑の大家族。そうした家に嫁ぎ、実父は家を留守がちで、義父が仕事から帰る迄実母だけは食事を許され無かったと。家政婦より酷い扱いをされたそうです




実母はみるみる痩せ細り、実父家より、裕福、且つグルメな自分の実家とのギャップに耐えられずに、実母はお金も持たず、着のみ着のまま、何回も脱走を繰り返した。


実父が嫌だったのか・・・

家政婦扱いされたからか・・・

ご近所にも知れ渡り

義父母のメンツ丸潰れ!


嫁いでから3ヶ月もしない内に不治の病だった母親が亡くなり、実家に帰りにくくなって、又時を同じくして、姉を身籠り仕方無く実母は脱走を諦めるしか無くなりました。