最近の情報やニュースを覚えているけれど・・・



上半期の情報やニュースは全く出てこない・・・・・・・・・・・・・・・・・・






農林水産省のバタバタも2007年が主だったしぃ・・・


2008年に何があった?
子どもの頃から、夢中になって文字を書いていると

気が付くと、手が真っ黒・・・ガーン



アイディア出しの為に、ノートいっぱいに思いついたことを書いていく・・・









あの頃と変わらない手の黒さ・・・・



変わらないもの・・・
『ドレミファソラシド』


子どもの頃から、『ドレミファソラシド』と幾度となく聞いてきたが・・・・



一体誰が決めたのだろう?


『この音は・・・・ドだ!』とか『いや!これはレだ!』なんて言う会議でもしたんですかねぇ?にひひ


でも、思うのは・・・・





恐らく、この『ドレミファソラシド』を開発した時代の『ドレミファソラシド』と
現在の『ドレミファソラシド』はきっと違うのではないだろうか?【仮説】

そもそも『音』は空気の振動で人間の鼓膜を揺らし伝わる。
物理学的には、物体と通して縦波として伝わる力学エネルギーという。

音は空気中の埃や水分量などの違いによって変化する。
したがって、違う空間では同じ「ド」の音を出しても違う音に変化する可能性がある。

当然、昔「ドレミ」と今「ドレミ」は違う音だったのではないだろうか?


ちなみに、pandaは物理専攻でも音楽専攻でもないので詳しい方は教えてくれると幸いです。




早速、本ブログです。

始めます・・・・


私は大学生です。そして、今年は就職活動です。
周りの学生はどうかは知りませんが、セミナーや大学のポスターでよく目にするのは


『論理的思考が身に付く』

『自己分析完全●●』

といった言葉・・・・

実に面白い言葉です。
そもそも、どれだけの人が「論理的思考」の必要性や意味を理解しているのか?
「自己分析」の方法や結果などを知っているのか?

当然のことながら、pandaもよくわかりませんカゼ

では、「論理的思考とはなにか?」


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言語教育でも,例えば「論理的思考力を高める」というような表現がよく使われますが,それはいろいろな意味に使われています。しかしそれらを大きく分けると,次の三つに分類することができます。すなわち論理的思考とは
(1)形式論理学の諸規則にかなった推論のこと(狭義)
(2)筋道の通った思考,つまりある文章や話が論証の形式(前提-結論,また主張-理由という骨組み)を整えていること
(3)広く直観やイメージによる思考に対して分析,総合,比較,関係づけなどの「概念的」思考一般のこと(広義)
 以上のうち,(1)と(2)とは結びついており,分ける必要はないようですが,現実には,(1)についてはあまり自覚されず,(2)のように論証の型式にレイアウトされていればそれでよしとする(その段階でとどまる)ことが多いのです。〔中略〕論や主張の根拠となっていることがらについて,それがその主張の必然性を裏付けているかどうか,前提と結論の間に論理的必然性があるかどうかというところまではあまり論議されないようです。

(井上尚美氏による解釈)

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したがって、私たちがよく耳にする「論理的思考」とは井上氏による(2)を示していることが多いのではないだろうか?


では、なぜ「論理的思考」が必要なのであろうか?

そこで、今度は自己分析について調べてみた。

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自己分析とは、「自分が何者であるかを知ること」である。

当たり前のことだが、人はそれぞれみな違う。得意不得意、性格、好き嫌いなど人の個性はまさに十人十色。その個性を明らかにしていく作業が、自己分析である。

では、なぜ「自己分析」を行うべきなのか?

面接担当者が自己PRと志望動機を聞くのはなぜか。

「この学生に何ができるのか」「この学生は何がしたいのか」を知りたいからである。

しかし、面接担当者が知りたいことが、もう一つある。

それは、「この学生はどんな人なのか」、つまりその人の人柄・性格・個性である。

資格や技術を持っていることや、将来の大きな夢を語れることは素晴らしい。

けれどもそれだけが知りたいのであれば、わざわざ面接をせずともエントリーシートや履歴書で十分なはずだ。

採用とは、これからいっしょに働く仲間を選ぶという企業の重要な仕事である。

企業が多額の出費をしてまで何度も面接を繰り返すのは、その学生が仲間としていっしょに働いていける人かどうかを慎重に見極めるためなのである。

以上をまとめると、面接においては、「自分に何ができるのか」「自分は何がしたいのか」そして「自分はどんな人間なのか」、この3点をうまく説明することが求められる。これらを説得力のある言葉で話すためには、自分のことを詳しく知る必要がある。つまり、自己分析が必要なのである。

(上記同志社ナビ 自己分析より一部抜粋)

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自己分析は面接においては、①「自分に何ができるのか」②「自分は何がしたいのか」③「自分はどんな人間なのか」をうまく説明することが必要となってくることがわかる。


「論理的思考力」は当然、入社後に仕事を行う上で大変素晴らしい能力である。

しかし、就職活動生に向けて「論理的思考力アップ」とはまさに、自己分析後の自己表現に

必要な能力ということになる。


しかし、この背景には「論理的な思考によって建てられた話は伝わりやすい」という前提条件が必要となる。


では、私たちはそれほどにまで「論理的思考」がないのであろうか?

私は決してそんなことはないと思う。

たとえば、Aさんがコーラを買い、Aさんに対してpandaが「なぜコーラを買ったの?」と聞く・・・

Aさんは「疲れて喉が渇いたから」と答える。


前提:Aさんは疲れており、喉が渇いていた

結果:Aさんはコーラを買った


現象:Aさんはコーラを買った

理由:疲れており、喉も渇いていた


多くの人は行動に対して何らかの理由をもって行動している。

それがたとえ生理的な現象であっても「論理的思考」による解釈においては「主張-理由」の形になって

いればよいのである。


したがって、我々は決して「論理的思考」が出来ないのではないのではないか?


「論理的な思考」のロジックを知らない、もしくは「気づいていない」のではないだろうか?【仮設】

2008年10月13日AM2:08

このブログは生まれました。

人間界でいう「誕生日」がこの日になりました。

幸せなことです。

気ままにブログを書くのでよろしくお願いします。