生きることを諦めた訳じゃないとおもう。
ただその一人一人にしかわからない事の中で
手探りだったり、もがいていたり
いろんな人がいるよね。
答えが見つからず、どこに進んでいけば良いのか分からない中でも生きていく
私は小学生の頃、いじめられていた。
かなり悪質で まともに下校が出来ないくらい。
子供ながらに
なんでいじめられるのか?
生きている意味無いんじゃないか?
こんなにいじめられるなら 死んじゃいたい
と 思った。
家の裏に荒川が流れてて (土)の朝から
死ぬ場所を探して 河川敷 歩いたら。
でも 親が一生懸命産んで育ててくれた命を
捨てるのは…という葛藤もあった。
死んだら なにも出来無くなる とも思い、
だったら、親にも虐められてること
素直に打ち明けてからでも 死ぬんでも遅くない
かなとも考え 一旦やめた。
学校の先生にも相談して どうにか死のうという考えは収まっていった。
子供ながらに 生きていじめてきたやつを見返してやろうと。
そのためには
大きい会社に入って 自分の家庭をもって
楽しく生きてやると決意したのだ。
時がたち 今の私は 未亡人になった。
子供の頃に思い描いた 自分の家庭が崩れて壊れた
死別者からしたら、生死の問題って
敏感であり 触れたくないものの気がする。
本当に突然 別れることは 耐え難いことなのだ。
最大なストレスであり、日々感じているストレスとは 質が違いすぎる。
仕事や家事など 些細なストレスの蓄積は
発散のやり方が様々あるが
死別でのストレス、後悔、悲しみ、苦しみなどは
発散したくても 出来ない。
誰もが 時間が解決するよ って言ってくれるが
解決するまでの時間を 堪え忍ぶ気力さえ残っていないのだ。
私の場合は 出来ることなら 引きこもりたい。が本音だ
しかしね、世の中って 甘くはないんだよね。
49日から3回忌位までは まだ許容範囲みたいな感じだけど、それを過ぎると
もぅ回復しただろう みたいな感じや
他人事だし そんなこともあったね みたいな感じになるんだよね。
当事者にとっては、月命日やその日を迎えると
いてもたってもいられないのだ。
今日の目覚めは 良いものではなかったな
起きた瞬間に あぁー居ない と思った
自分が逃げ回る夢をみて 寝起き物凄く疲れている自分がいた。