久しぶりの更新です。。





あの大きくて恐ろしい地震がおきてから15日・・・





毎日伝えられるニュース


被害の大きさ


どんどん増えていく死者・不明者の数


今でも続く余震





本当に怖かった。。


心がすごく痛い。。






同じ日本で起きてる事なのに



私は友達と食事に行ったり、お買い物に行ったり





地震が起きる前となにも変わらない生活ができてることに

楽しく笑ってることに



どこかで罪悪感がありました。



ブログを書く気にもならなかった。。

とゆうか何を書いたらいいのか正直わからなかった。







そんな時にある方のブログを拝見してなるほど!!


と思った記事があったので引用させていただきました。










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「何か役に立つことがしたい」と思うのは、人の心を持つ者としては当然の心理だ。

偽善的だ? なーに、やらない善よりやる偽善だ。

そんなことも大事だけど、我々はもっとしなきゃいけないことがある。それは、

日常生活をする
ことだ。

これは「楽しいこと」や「不謹慎なこと」も含まれる。

地震の前と同じ日常が過ごせる人は、なるべく早くその生活に戻すことだ。



こういったことが起きると、つい何でも自粛してしまう。

「楽しそうなこと」は「不謹慎なこと」として戒めてしまう。

しかし、その結果何が起きるかと言えば、「経済の停滞」だ。

昭和から生きてる奴はあの「自粛騒動」を思い出してみるといい。

「自粛しろ」「不謹慎だ」という声のせいで、どれだけの経済が停滞し、

そのせいで潰れた会社が出たか。逆にそれで良くなったことが一つでもあったのか。




難しいことや厳密なことを抜きにして、ごく大雑把に言えば、

経済の停滞は復興の停滞に直結する。

経済が回れば税収も増えるし、投資も増える。

それでなくても震災で経済は停滞気味になるのだ。

その停滞は復興の停滞になる。




だから、今我々が出来ることで一番やれることは、「日常を取り戻す」ことだ。

それが一番復興の役に立つ。一過的に寄付をするよりも、効果的かも知れない[要出典]。

「日常を取り戻す」ことの効果は経済だけではない。

沈みがちな人達にとってもプラスになる。希望になる。だから、

「不謹慎」とか「自粛しろ」という言葉は敵
だと思っていい。



「自粛」と言いたい人、その「自粛」で何が生産され、誰にプラスになる?

せめて、その根拠と共に言っても罰は当たるまい?





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個人の私にできることと言ったら


募金くらいしかないのかな?と思っていたから



日常生活をする!!ってゆうのは考えてもいなかった。。





自粛とゆうか・・・


被害があった人達に悪い気がして遠慮しがちになってしまうけど





自粛したところでなにも変わらない・・・







私の住んでるところは被害がまったくなかった。。

被害のなかった地域だからこそできる日常生活!!






あたり前のようにいる大好きな家族・友達

普段と変わらない生活ができる今に感謝しなきゃね。。








更新しない間もブログ訪問したりペタ残してくれて
ありがとうございました!!


これからは前みたいに更新していこうと思ってます。。