今まで自由奔放に生きてきたから、
世の”母親像”という枠は少々、私には窮屈だ。
母親らしくしなさい、
母親なのに、
いい母親になれるのかしら
って言われることほど、息苦しいものってない。
私しか守ってあげられない命のために、
私なりに考えてるつもりだけど、
じゃぁ、母親らしいって何なんだ。
好きな音楽じゃなくて、クラシックばっかり聞くことが良い?
私は聞きたい時にクラシックを聴くし、
聞きたい時にGAGA様だって何だって聴く。
時に大音量に包まれたい時だってあるし、
そういう時は不快じゃない音量で(あと、近所迷惑じゃない程度で
)
大好きな音楽に包まれると、スッキリする。
お腹の赤ちゃんのために睡眠が一番?
私の通うスパルタ病院(って聞く)の先生は、
座り仕事であれば夜中まで仕事したっていいと言うし、
私も体調と相談しながら、土日はお昼寝をしたり、
出来るだけ無理をしないように気を使っている。
私が私らしく生活していることで、
私が心身ともに元気でいることが、何よりなんじゃないかと思う。
お酒も飲まないし、
大好きなマグロも食べないし、
ヘア剤もオーガニックなアミノ酸仕様に変えた。
できるだけノンカフェインを選ぶし、
香水もやめた。
体調と相談しながら、夜遅くまでの外出は控えている。
少しでも母親らしくなりたくて、
沢山痛みを感じたい、と自然分娩を選択した。
もう三十路だけど、すべてが手探り。
好き勝手に生きてきた子供が子供を産むようなものだから、
手探りの中で感じたこと、考えたことひとつひとつ、
毎日何かしらの教訓を自分の心に刻みながら、
ちょっとずつ、ちょっとずつ、母親になろうとしている。
きっと子供を産むってことは、
私以外に子供の人生も背負うって覚悟が必要で、
お腹に命が授かった瞬間から、
子供の命を守りながら生活する10カ月間を経て、
一緒にそんな覚悟を育み、成長するということなんだと思う
私はいい母親になれるんだろうか、という悩みなんて、
答えはないものだもの。
手術の時、
開腹したお腹の中でも元気に動いていた赤ちゃんの姿を見て、
生まれる前から大変な思いをさせてしまったことを、
とてつもなく悲しく思ったけど、
一方で、図太く生きてくれる子供になってほしい、とも願った。
私の子供として生まれてくるからには、
やってあげられることは何だってやってあげたいけど、
どこかのタイミングでは、自分の足で生きていかなきゃいけない、
そういう案配が難しいと、子育てしながら悩む日も来るだろう。
なんとかなるさ、
どんなに悩んだって、子供は勝手に育ってゆくさ、
と笑い飛ばす日もあれば、
急に不安に襲われる日もある、
そんなものなんでしょうか、母親って。
2010年の最後に、考えたこと。
2011年は、もっと現実。
母親になるんだもの。
2011年は、
今年より、去年より、数年前よりもっともっとパワフルに、
突っ走りたいです。
同時に、
出来るだけ、穏やかに、愛情深く、過ごせますように
愛ある日々を
2011年1月1日