「温かいです」

「体が軽く感じます」

「腕の力がすっとしました」

「足先は無いのだけど、足先まで温かくなるような感覚があります」

 

車いすテニスの試合会場で、選手の方からいただく言葉は

私にとって、「そうなんだ!!そんな風に受け取ってくださるのね!!!」の連続でした。

 

 

競技に参加している方は、

様々な事情で、生活の上でも車いすを必要としていますが、

 

生まれたときから足が無い。という話をされるかた。

交通事故にあって、切断せざるを得なかった。という話をされた方もいました。

事情の背景が、先天的か後天的か。

それによっても、苦しんできた過程と言いますか、違いがあるのだなと感じました。

 

ヒーリングを受けるために

車いすが隣り合わせになった選手同士で

お話をされていた中に、

今日の試合の成績のことはもちろんのこと、

「あなたはなぜ、車いすに?」というお話をされていることが印象的でした。

試合会場は、ざっくばらんにお互いの事情を話せる場でもあるようでした。

 

 

たくさんの言葉をかけていただいた中でも、最も印象的だったのは、

 

「あなたみたいに、みんなが優しく触れてくれたらいいのに。」という一言でした。

 

 

これには本当に衝撃を受けました。

 

なぜなら、私は「やさしさ」で体に触れていたのではなく、

「体に触れますがごめんなさいね~。体に触れるとエネルギーは自然に流れるそうですよ~」

という気持ちで触れていたからです。

 

目の前の人はこれを「やさしさ」と受け取った・・・という衝撃。

でも受け取った人が「やさしさ」と思うのなら、それはそうなのかもしれない・・・という衝撃。

 

 

エネルギーは、

目に見えないものだけど、

人と人との間のコミュニケーションに役立つのかもしれない。

エネルギーを通じて、人とコミュニケーションができるのかもしれない。

 

・・・様々な可能性を感じていたんだなと、書きながら今はそう思います。

 

 

「あなたみたいに、みんなが優しく触れてくれたらいいのに。」

この言葉は、現在に至るまで、

その後の私に大きな影響を与え続けています。