別名山男列車と呼ばれていた733М.。谷川岳に朝陽を浴びて登山するには便利な設定でした。(冬場はスキー板を持った乗客が加わりました。)ヤマ装備をいっぱいにした乗客と共に、車内は仕事帰りに飲食したサラリーマンなどで満員。アルコールの匂いも漂いました。仕事仲間のエピソードですが、寝過ごして、長岡で起こされ、上り一番で帰ったという話が耳に残ります。
さて、荷扱いは高崎線内に入ると忙しく始まりました。リヤカーが荷物車停止位置で待ち構え、僅かな停車時間にてきぱきと積み降ろししていきます。駅留、駅出しの荷物扱いがある時代で、現在のような宅配便ドラック・トゥー・トラック輸送ではないから、鉄路を使う輸送が主流でした。
籠原までは近郊区間。首都圏のベッドタウンとしてスプロー現象が起きており、客扱いの増減境になっています。満員の車内は徐々に空きはじめ、12両から前寄り5両を切離し、7両で高崎を目指します。高崎着は、日付変わって0時08分。40分の間に乗務員交代、貨物列車の待避、ユ車の連結となります。