多くの人が花粉症に悩まされるようになって久しい。今年は例年に比べ症状が重い人が比較的少ないように感じられるのは気のせいだろうか。

花粉症はアレルギーの一種といえるだろう。人間の免疫防御反応というものは精妙にして複雑なもので、現時点ではまだ全容解明とはいかないらしい。本来攻撃してはいけない対象まで非自己とみなして
攻撃してしまうというのがアレルギー反応ということだ。

私自身、花粉症とは無縁だが、アレルギー性の気管支喘息という持病があり、アレルギーの全容解明と画期的治療の発明を待ち望むひとりである。

現在最も積極的な治療といえば、アレルギーを引き起こす物質(アレルゲン)を少量摂取する方法だろう。花粉症の場合、症状が出始める前から摂取を開始しなければならない。治癒には数年かかるらしいが試してみたい方法ではある。

免疫機構が自己と非自己を判別すると聞くといつも妙な気持ちになる。自分と他者の境界線はどこにあるのだろうと考えると、何となくおさまりの悪い気持ちになってしまう。

イチロー選手は他人のグローブやバットに絶対手を触れないそうだが、自分の道具に対する感覚が狂うのが我慢できないらしい。彼がバッターボックスに立つとき、おそらくバットの先まで神経が行き届いてまるで体の一部のように使いこなすことが可能なのだろう。そのようなときにバットはイチローの一部、彼にとっては自己になるのだろうか。

一神教であるキリスト教は自己と他者を明確に区別することで、他者を客観的に理解しついには征服しようとする傾向があるように思えるが、仏教の影響が強い日本人はなかなかその考え方に馴染めないところがある。仏教文化圏は自己と他者をそこまで明確に区別しようとしないところがある。「個にして全、全にして個」などはまさに仏教的な考え方で欧米人にはなかなか理解し難いかもしれない。


免疫システムはさしづめキリスト教的と言えるだろうか。これと真っ向から戦うのはなかなか大変である。