末続慎吾というアスリートをご存知だろうか。彼が大学の特任准教授に任命されたというニュースで、久々に報道で彼の名前を目にすることができた。

彼は陸上競技短距離で日本のトップとして活躍してきた選手である。2003年世界陸上では男子200mで銅メダルを獲得、高野進コーチと二人三脚で日本スプリントの新しい歴史を切り開いてきた選手である。

黒人選手が圧倒的に強いこの種目で、身体的資質の全く異なるアジア人として、従来の常識にはなかった走りを次々に開拓し、誰にも真似できない境地に向かっているように思えたものだ。

2004年以降徐々にそれまでのような結果を残せなくなり、本人も周囲も集大成と位置づけていた2008年の北京五輪でも男子400mリレーで銅メダルを獲得したものの、個人種目ではよもやの予選落ちを喫した。

五輪のあと心理的疲労を理由に長期の休養に入り、それ以降全く選手としての情報を耳にすることがなくなり、おそらく引退してしまうのだろうと思っていた。ところが3年後に競技に復帰したとの報道を目にした。それ以降は地元:熊本県を中心に競技生活を続けているそうだ。かつての10秒を切るかもしれないと思わせたタイムとは違い、現在のタイムは10秒台後半ぐらいで、全盛期とは比べるべくもない。

長期休養に至った際は、最大の目標として定めてきた北京五輪が予想外の結果に終わり、それまで張りつめていた何かがプツンと切れたような状態だったのだろう。長年の夢が叶えられなかったのだから無理からぬことである。

そのあと3年間に渡って競技から離れてしまえば通常はそのままなしくずし的に引退という事になるのが自然に思えるが、彼はそのような選択をしなかった。

率直に言って現在の記録から常識的に考えれば、かつてのレベルに戻るのは極めて難しいと言わざるを得ないだろう。それでも彼は競技者人生を再開し、今も地元:熊本を中心に日々トレーニングを重ねているという。そして日々発見があり、日々速くなっていると言うのである。

アスリートとしてはレースで勝つということが唯一にして最大の目的と思いがちなのだが、彼は違う何かを目指しているのかもしれない。純粋に競技者として競技をとことん追求したい、勝てなくなったから、歳をとったから引退と言うことではなく、人生をかけて走ることを通して何かをつかもうとしているのかもしれない。

競技人生とは山を登るようなものだと言う人がいる。頂上に上り詰めてそのあとは下りていかなければならない。彼は夢を追いかけた人間としてその下りざまを見せてくれようとしているのかもしれない。

彼がインタビューで「陸上がダメだと生活も何もかもダメになる」と言っていたのをよく覚えている。今後彼のことが大きく報道されることはあまりないかもしれないが、ここから先、彼が人生をかけて何を追求し、何を目標にし、何をつかもうとしているのか、見届けたいと思っている。