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「ねえ、本当にもういいの?」
 いつも気楽に話しかけてくる栄子も、その時ばかりは深刻そうに声をかけてきた。
「いい、って、なにが?」
 私はいつもどおりを装いながらそう答える。私たちは、いつもと同じく駅前のハンバーガーショップにいた。いつもどおり窓際の席で、いつもどおりうちの制服を着た学生が通るバス・ターミナルを眺めながら、いつもどおり安っぽい味のするアイスコーヒーを飲んでいた。買い食いは学校から禁止されているけど、そんな校則、馬鹿正直に守るようなやつはいない。現に、何人か、この店にも制服のままの生徒もいる。私たちだってそうだ。
「わかってるくせに。今日なんでしょ? 先輩が福岡に行っちゃうの」
 栄子はハンバーガーを食べながら気だるそうに言う。そのくらい私だってわかってる。でも、一応、建前上、軽い感じで、今思い出したように言っておく。
「ああ、そういえばそうだったね」
 彼女はむすっとした表情を変えようとしない。彼女だって知っているのだ。私が先輩のこと、気になってるって。
 先輩は、馬鹿正直に校則を守るような人で、いつだって真面目だった。真面目で、勉強もできて、運動は……普通だったと思うけど。とにかくすごい人だ。それこそ、放課後にこんなところで勉強もせず、いつも友達と駄弁っているような私とは、住む世界の違う人。でも、私はそんな先輩のことが気になっていたんだ。好き、とか、そういうのはよくわかんないけど。とにかく、よく目に入った。
 そんな先輩が今日、福岡に引っ越す。親の転勤だそうだ。そんなの、先輩が入学する前から分かっていたことだし、先輩もうちの学校の寮に入るつもりだったらしい。しかし、学校の寮が、老朽化と入寮者の減少で取り壊されることが決まってしまったのだ。もう高校生なんだから、一人暮らしも考えたそうだが、やはり、家族と一緒に暮らしたいというのが本音のようだ。これらの情報は、すべて、目の前で頬にケチャップつけながらハンバーガーを食べている女の子から聞いた情報だ。そんなのどっから手に入れてきたんだろう……。そのハンバーガー娘は、どうやらハンバーガーを食べ終えたようで、包み紙をクシャクシャに丸めると、おもむろにスカートもポケットに手を突っ込んで、メモ帳を取り出した。そして、そのメモ帳の中から一枚ちぎって私に突き出してきた。
「はい、これ。先輩のアドレス。あと、LINEのID。電話番号もいる?」
「なんで、そんなの持ってんの」
「それ聞いちゃうとおもしろくないじゃん。企業秘密ってことで」
 あのメモ帳には、一体、何人分の個人情報が詰め込まれているのだろうか……。友人が末恐ろしくなってきた……。「まあまあ」と、栄子は私をなだめた。そうして、その紙切れを私に握らせる。
「連絡するかどうかはアンタ次第。私は連絡するに賭けるね」
 栄子はもう片付けを始めていた。私のアイスコーヒーのじゃらじゃらした安っぽい氷は、溶けきっていた。店内には私たち以外の学生の姿は既になかった。
 結局、私は先輩に別れの挨拶を言わなかった。きっと、私のことなんて、向こうは知らないだろう。けれど、私のスマートフォンには、彼の携帯アドレスが入っている。
 いつか、連絡する時が来るのだろうか。それは誰にもわからない。