この1~2週間で、死生観について色々と考えることがあった。
きっかけの一つは、大切な友人が病に侵されたこと。

当たり前だけど、その知らせは突然届いた。ある日の木曜日に仕事をしていると、普段まずかかってこない地元の友達からの着信。その場では電話に出れなかったんだけど、なんとなくいい予感はしなかった。仕事が終わってから掛け直すと、やっぱりその予感は的中してた。

電話の内容は、俺とその友達の共通の友達である彼が、胃がんになって入院しているという事。友達は入院先に見舞いに行ったんだけど、既に病院を移ってしまった後で会うことができず、本人に何度かけても連絡が取れない状態のため、俺ならどこに入院しているのか知ってるんじゃないか?というもの。

その電話がきっかけで事実を知り、いてもたってもいられなくなった俺は、すぐに本人に連絡を試みた。幸いにもすぐに連絡がとれ、本人と話したんだが、本人の口から聞いても、はっきり言って実感が湧かない。だってさ、俺達まだ31だよ。年齢的に、ガンとはまだまだ無縁だと思っていたし、そいつは、ついこの間まで元気にしてたのに、いきなりそんなことになっているなんて、にわかに信じられなかった。とにかくまずは会って話したいと思い、翌週末に地元の近くにある、そいつが入院しているという病院へお見舞いに行ってきた。想像をしていたよりも元気な姿をみれて、少し安心した。お見舞いに行った次の日が退院予定で、今後は通院しながら自宅療養になるらしい。正直ステージ3と厳しい状況だけど、俺にできることは、よくなってくれるよう、ただただ祈るのみ。
そして、たらればの話だけど、正月に飲みに誘われたのに、予定が合わず行けなかったことを悔やむ。元気になったらまた一緒に飲みたい。
ここまでが先週末の話。

そして、昨日は、池袋西口駅前で、脱法ハーブを吸った名倉による死傷者7名を出した大惨事。普段の生活の拠点となっている池袋で起きた事件なので、俺の中では、めちゃくちゃ自分ごとに置き換えられた。あの事件の場所はよく通るし、MUFJにもたまに行く。カラ館の脇の方のお店にだって・・・w

あとから嫁が事件の少し前の時間に通っていたという話を聞いてぞっとした。
被害者の方、特に亡くなってしまった20代の方のご冥福をお祈りします。そして、亡くなった遺族の方の気持ちを考えるとホントにいたたまれない。あんなラリ坊に大切な娘を突然奪われたら・・・・。俺が親なら発狂するよ。マジで。

事故現場、よく知ってるんだけれど、あそこの場合、車と歩道の幅はほとんどない。あんなの、前からでも後ろからでも、気付いても気付いていなくても、突っ込んできた時点で避けることはとても難しいだろう。いや、本当どうしようもないかも。まぁ仮に道幅が広かったとしても、自分が歩いていて、突然車が突っ込んでくるってこと自体、普段からシミュレーションして対策できている人なんて早々いないと思うけどさ。

この先の人生、いつどこでどんなことが起きるか分からないなと思ってしまう。今だけ楽しければいい!って割りきって、後先考えずに生きるってことに対して、世の中的には否定的な意見の人が多い。そりゃそうなんだけど、でも、今ならそれも一理ありだよなっと思ってしまう。健康に気を遣って、トラブルに巻き込まれないよう、心にストレスを貯め込まないように人間関係に波風立てずに生きていたって、突然の事故に巻き込まれて死んじゃうことだって当然あるわけだ。毎年交通事故で死ぬ人は4,000人いるらしい。これを全人口との比率でみたらそりゃめちゃくちゃ少ないんだけど、そうじゃなくて、心構えの問題。

極論だけど、だったら日々を好きに悔いのないように生きて(楽しみつつ)突っ走っていたいなと思うわけです。
もっと自分の好きな事に時間を使い、楽しいと思える事を仕事にしていく努力をし、そして、家族のために時間を有効に使いたい。
でも一方で、普段朝起きて、仕事したり遊んだりしながら食っちゃ寝できること自体、すごく幸せなことなんだとも思う。

とにかく日々の生活に感謝しつつ、毎日楽しく過ごさないとなー。


今年に入ってから、どうも体調が良くない。
これは30代になったからという年齢のせいにしたいところだけど、自分の中で本当の理由は分かっている。サラリーマンをやめて起業したからだ。

今は業務委託で固定収入を得ながら、代理店セールスしたり、新規事業の仕込みをしたりしているので、他人が冷静にみたらまぁ比較的安定している状態ではある。
周りからは、そんな気負いすることもないし、ストレスを感じることもないと言ってもらえるが、本人からするとレールのない道を進んでいく不安や、売上がなくなったら会社が倒産してしまうという綱渡り的スリルなど、雇われていた時とは違って、いちいち深く考え過ぎてしまう。サラリーマン生活が長すぎてだいぶ臆病になったみたいだ。

あれ、俺ってこんなに思慮深くナーバスな人間だったっけ?って自分でも不思議になるくらい、何とも形容しがたい重々しい気持ちを抱えて毎日を過ごしている気がする。

と、そんな精神状態がきっかけになったのか、最近体の色んなところを壊す。
アルコールも回りやすくなったしトラブルの原因にもなった。

そう、最近だと先週の金曜から日曜まで人生で初の入院を経験した。痔ろうの始まりと言われる肛門周囲膿瘍という病気。下痢からケツにばい菌が入って、化膿して膿が出てくる。腫れてくると座ってるのも痛いし、マジで悲惨だった。

肛門科行って見せたら手術が必要だと言われて、金曜日に手術&経過を見守るため、土曜日丸一日と日曜の午前中を病室で過ごした。

病室で暇だったから、本読んだりしながら考えたよ。そして思った。俺らしさを失ってるんじゃないかって。いつもの楽観的で適当な自分を取り戻さなきゃって。

何も恐れることはない。物事はなるようになるし、五体満足で健康でいれば何も問題ない。ストレスを溜めて体を壊すなんて、何て馬鹿馬鹿しいことだ。今回のは普段の食生活も関係あると思うけど、やっぱりストレスが一番良くない。ハゲも進行するし(笑)


という訳で、肩の力を抜いてやっていこう。







実に2年振りの更新。

過去のを少しだけ見返したら、そのアホさ加減にひっくり返りそうになった。
そう思うってことは、2年前の自分と比べて、少なくとも成長を感じ取れている、つまりは成長しているって事なんだと、超前向きに捉えることにした。いやはや、ブログって怖いですな。

そして、本題。
2年振りに更新しようと思ったくらいの、とても大きな出来事。

2012年12月8日(土)19:34に記念すべき第一子が誕生した。
赤ちゃんは子宮でみていた夢から覚め、この世界へ産み落とされた。
こんにちは。赤ちゃん。ようこそ、世界へ。

嫁が妊娠してから10ヶ月、どれ程この日を楽しみにしてきたか。
息子の誕生とともに、父親0歳がスタートしたわけだけど、
母親も当然0歳、お互いに知らない分からないことだらけだし、
育児本はたくさん出版されていても、その中に本質的な答えはない。

まずは、年末年始を使って家族のミッションステートメントを作ってみよう。
これから船頭で指揮を取る上で、家族が進むべき航路に迷った時の指針になるように。
赤ちゃん、お互いに人生を楽しんでいこう。

さて、こっからは備忘録的に書き綴っておきたい。

木曜日に会社で仕事をしてると、嫁からおしるしが出たとの連絡が入る。
23時頃に帰宅した時点では何ともなかったが、寝ようとベッドに入った直後、陣痛が始まる。
前駆陣痛ではないかと思い、様子をみていたが、時間を計ると定期的に収縮がきている様子。
時間も遅いし、まだ感覚も長かったため、金曜日の朝方まで待ち、病院に。

結果、陣痛ではあるようだが、まだ入院するまでの状態ではないとのこと。
一般的に、入院すると妊婦が動かなくなってしまうため、陣痛が収まることが多い。

そして、そのまま帰宅することになったのだが、
不安になっている嫁を放っておくわけにいかず、会社に休んだ自分は、
それなら動いて陣痛を促進させようと、二人でお昼外食に出掛けたり、家電量販店に欲しかったものを買い物に出かけたりと、陣痛で苦しむ嫁を連れ練り歩く。

だが努力もむなしく、陣痛は夕方頃には収まってしまい、一旦降り出しに戻る。
なんだ、結局は前駆陣痛だったのか。。

と、思っていたのもつかの間、夜になったらまた陣痛がきそうだと言っていた、嫁の予感が的中。
22時頃から再度痛み始める。
ぶっちゃけ、最悪なことに、油断した俺はワインを少し飲んでソファーでうとうと寝てしまっていたのだが、夜中の2時過ぎに起きると、ベッドで横になり苦しんでいる嫁。
また時間を計ってみると、今度こそ本陣痛くさい。
タクシーを呼んで、病院に向かい、そのまま入院することになった。

そして、朝方4時半頃、助産師の勧めもあり、朝の診察前に一度寝て体力を温存しようと俺だけが一時帰宅。3時間程寝て、また病院へ戻ることに。

着いて、陣痛室のドアをあけると、めちゃくちゃに顔を歪めながら懸命に戦っている嫁の姿があった。子宮口もだいぶ広がってるのではと思い、勝手に覚悟を決め始めていた俺。
助産師さんに聞いたら、なんとまだ1.5cmとのこと。OOOOPS!!これは長丁場になりそうだ。
それにしても、この段階でこんなに苦しそうなのに、大丈夫なのかと少し不安にもなりかけたが、そこはなんとかなるだろうと思うしかない。

その後、待てども待てども診察が始まらず、なおかつ睡眠時間が足りず、ずっとうつらうつらしていた俺は、またもや一時帰宅。1時間ほど寝て、お昼を食べてからまた病院へ。

病院に帰ってくると、嫁が瀕死の顔。
まるで、独房に入れられてずっと監禁されているような青い顔をしてる。
おいおい、大丈夫かよ。。

とりあえず、陣痛は7~8分おきくらいだから、進みが遅いらしい。
背中をさすりながら、耐えること、数時間。
子宮口はゆっくりだが、3cm,6cmと徐々にだが広がっていく。

そして、18時40分。破水。
こっからは急展開だった。

破水後、助産師さんから、
『力みたくなったり、陣痛が超激しくなってきたりしたら、呼んでね。』っと言われていたが、
速攻で陣痛が強くなり、すぐに3分感覚くらいになる。
ナースコールすると、陣痛室から分娩室に移動になり、力む練習をしてみることになった。

立ち会いではなかったため、陣痛室で待ちぼうけること数十分。
助産師さんが部屋にきてこう言った。
『奥さん、すごく上手で、子宮口も10cmになってるので、もうこのまま産めます。産まれたらお知らせにきます。』

破水からまだ30分も経っていなかったので正直驚いたが、
いよいよかと部屋で点いていたTVを消し、瞑想しながら待つ。

アレ…近くで赤ちゃんの泣き声が聞こえてくる…

部屋に出て耳を澄ましてみるが、自分の子供なのかどうかが判断できない。
でも、さすがにこんなに早い訳はないだろう。
ネットでかじった付け焼刃の知識だけど、分娩室に入ってからお産までは、平均で2時間かかるってはずだし。

部屋に戻り、また待ちぼうけすること、5分。
助産師さんがまた部屋に。

『おめでとうございます。元気な赤ちゃんが生まれました。』


生まれたぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!


やっぱり、自分が聞いた泣き声は自分の息子の声だったらしい。
破水から、本当に怒濤の展開だった。

ようやく会えた赤ちゃんは、ちっちゃくて、まだ目も開かないし、本当に儚い存在に思えた。
そして、月並みだけども、この子が10ヶ月も嫁の子宮の中で成長し、今この世に生を受けた神秘にただただ感動した。

こんにちは。赤ちゃん。
この世界で共に楽しんで生きていこう。