高校時代の、あれ?中学時代からのか?
友人であるてっぺーちゃんと、なんと21年ぶりくらいに会ってきた。
年数的にはもうそろそろ四半世紀である。
人間はおっさんになってからの方が人生長いじゃねーか、怖っ!とは銀魂のサブタイトルだが、そのサブタイよろしく、生まれてから彼と別れるまでのそれまでの18年と言う月日を超えて、21年目の再会。

いやー、いやー、……いやー。

おっさんにもなればこう言うこと、増えるんだろうなぁ。としみじみ感じさせる出来事でございました。
話した内容はまあ、昔話とたわいない話です。
歳食ったねー、とか、あいついまあんなんなっててさー、みたいな。
お互いにね、苦労してることはあるんだろうけどね。まあそこはおいといて。

でも、さすがはやはり昔からの友人、話せばわかると言うか、みただけで分かるのね。いろいろとね。顔もね。
顔は昔のままではなくとも、面影は引きずっているのね。それがなんだか可笑しくって、話もさ、大したことは話してないと思うんだけども、話していてああ、なんだか有意義な時間だなぁ、と思ったりした。
今年の台風すごいよね、みたいな、それいまする話? とかでも、ね、なんかね。良かった。

楽しかったなぁ。嬉しくもなった。

でもって、
mixiから繋がった(再会した)のに、その彼との日記をアメブロに書いてしまうって言うね。

ところで。
てっぺーちゃん、あんな目デカかったっけ?
細い目の僕は羨ましかったりする。ははは。

細かい話はとりあえず置いておいて、
僕は長年のMacユーザーであり、ま、とは言っても年季の入ったMacユーザーから見りゃ、
ペーペーの若造なんであるが、とりあえずは10年くらいMacを使い続けているわけで。

Macというのは実に不思議なパソコンで、まあ、無駄な所にすごく力を入れている。
アルミの筐体だったり、OSのGUIの操作感だったり、「え、そこに力入れんの?!」
と思える部分にばかり力を割いている。
で、そこがすごく魅力的なんだよなぁ。
思えば、僕が初めてMacを手に入れた時、感動したのがiTunesだったわけなんだけど。
まあ、これがよくできてた。
ジュークボックスソフトは今はそれなりにあるけど、やっぱりiTunesの使い勝手にはかなわないんじゃないかなぁと思ったりはする。今はかなり重くごちゃごちゃしてきたんで、再構築した方がいいんじゃないかと思ったりもするけど。
Appleの事だからそのうちやるんだろうな。

それまで、僕はWindowsでファイル単位でMP3を再生してた。
アーティストフォルダの中にアルバムフォルダを作って、その中にMP3ファイルを入れて、なんてね。それはそれで操作してる感があってよかったんだけど、
Macに移行したさい、iTunesはそれを勝手にやってしまう。
最初は余計なことしやがって、と思ってた。

でも、ある日それがなんとなく、なんとなく任せてみるかなぁ?
という気持ちになった。
すると、iTunesというアプリが何を目指して作られたものだったのかわかったわけだ。
「ファイル操作なんて七面倒くさいこと、君がやる必要ないじゃない。
 君は何も考えず、曲名やアーティスト、アルバム名を編集すれば、あとはこっちでやっておくから」
ああ、そうか。なるほどなぁ。と。目から鱗がポロポロと落ちたわけですよ。
古い話だけどねぇ。そこから、僕Apple製品の虜になったんだよな。

他にもApple製品は、スリープした時には電源ランプが寝息のように点滅したり、
ウインドウやアイコンがふわっと出現したり、変なこだわりが随所にある。

マイクロソフトや他のゲームメーカーも真似をしたりするけれど、
Appleのそれは頭一つ抜けてる。
常に新しい「演出」を考えているのだよなぁ。
例えばそれは、所有欲を満たすと言われたりする。
あるいは道具として使いやすい、と言われたりもする。

でも、すべては結局のところ、ユーザーに対する演出、なんじゃないのって思う。
どう感じて欲しいのか、そこにこだわっている感じがする。
次は何をして驚かせてやろうか、なんて。

あ、もうこんな時間だ。
寝よ寝よ。