7 L流量されていた酸素も翌日にはオフになり、二日目には一般病棟へ転棟できましたおねがい


しかし、こういう病状になった原因がわからず、面会謝絶の隔離状態は続いていましたショボーン


この頃は手のむくみも激しく、節々までパンパンに腫れていたため、拳を握ることすらできませんでした笑い泣き


入浴ももちろん行えず、皮膚はボロボロ崩れ落ち、ベッド周囲は掃除のおばちゃんが清掃に入ってくださるたびに皮膚のかたまりが掃かれているのが見えましたガーン


相変わらず食欲はなく、一口大にしてもらったおにぎりお味噌汁で書き込むのが精一杯で2割程度しか摂取できませんでしたショボーン


また、転院前の病院のご飯はとても美味しかったのですが、転院後の病院はご飯がまずいことでも有名な病院滝汗


毎日義務的に食べていました笑い泣き


そこから3週間ほどして、ようやく病室から出る許可が出ますえーん


長かった!!!チーン(笑)


一番最初に向かった場所は、売店でした(笑)


コミックを数冊購入し、ようやく入浴許可も出て、気持ちも晴れ晴れと過ごすことができました爆笑


そして入院生活が1ヶ月になろうとしていた頃にようやく退院許可が出ます口笛


このことを毒母に報告すると、なぜか激怒ゲロー


そんなに良くなってないのに帰りたいと詰め寄ったんだろうと説教をされましたチーン


そりゃあね、産んだことも病院は別々になり数えるほどしか面会できていないのに、ましてや発達障害のある一番心配の長女とは一か月も会えていないのに、退院したくないはずがないでしょう?


だけどね、さすがに一緒に退院させろとは詰め寄らないよ???


ましてや、医者もそういう状態だったら退院とかなんか絶対出さないよ?????


医者が一番怖いのは訴訟だもん真顔


結局無事退院するのですが、毒母はこの後しばらく不機嫌全開で、一週間はまともに口を聞こうとしませんでした真顔スン