ドリームキャッチャー
最近おかしな夢ばかり見続け、寝ても覚めても疲れが取れなかったりします。
好きなはずの絵も楽しいと思えなくなってしまったのがショックですが、やっぱり描く人間が楽しいと思って描かないと見る方も楽しくないよなあ・・と結論しました。
そんなわけでこれからは不規則な更新になります。
期待してくださっている方がいたら申し訳ないです![]()
ほんとにごめんなさい。
関係ない話ですが、昔から人間には生まれたときから与えられている使命というか、目的みたいなものがあるんだと思っています。
すぐにそれに気づく人もいれば、気づけないで悶々とする人もいる。
幸福の青い鳥じゃないですが、実はそれはいつも目の前にあるんだと私は思うのです。
でも気づけない。
何故か?
それはきっと違うところに焦点があっているせいで、気づけないんだと思います。
たとえばあることをずっと気にしながら歩いている人がいるとします。
するとその人は気にしていることに関連しているものには目がいくわけです。
でもあとから人に「あれって○○だよね」と同意を求められたときに、それはまったく見ていなかったことに気がつく・・・みたいなことがあるというわけです。
つまりみんな同じものを見ているはずなんだけど、見えてたり見えてなかったり。
だから本当は目の前に何もかもあって、ただ気づきさえすればいいのに気づけていない。
そういうことなんじゃないかなあ・・などと思うわけです。
そこで私は気づきを早めたくて、ヨガの体験に行ってきました。
男でヨガというのも気恥ずかしいものがあるんですが、以前に中村天風氏の本を読んだ時になかなか興味をひかれることが書いてあったことでずっと興味を持っていました。
簡単に言うと、若き日の天風氏はある病気にかかり余命わずかといわれていたのですが、ヨガを教えているカリアッパ導師との出会いにより目の前が開けた・・・というような話です。
スターウォーズのマスターヨーダとか、偉大なる師との出会いで目覚めるっていうのはあこがれるけど、なかなか会えないですよね(たぶん)。
でも実は人間って心の中にすでに答えを持っているんじゃないか・・などとも思うわけです。
どうも本日はだらだらと長文になってしまってすみません。
私はいくつか別のブログを書いていて、こういう話はいつもは別のものに書いているんですが、今回はしばらくお休みするかもしれないということの言い訳がてら思ったことを書いてみています。
ところで、何故今回のタイトルが「ドリームキャッチャー」かというと、実はヨガの体験にいったらそこに「ドリームキャッチャー」がかかっていて、妙にほしくなってしまったっていうことがあったわけです。
まあ実はそのあとで買っちゃったんですけど・・(^▽^;)
で、今回はドリームキャッチャーを描いてみた次第です。
ちなみに「ドリームキャッチャー」というのは・・。
「ドリームキャッチャーにまつわる伝説は部族ごとにいくつもあります。五大湖地方に住むオジブワ族には、
『目的にかなった生き方をするために、これを役立てなさい。よい夢をつかまえて、ヴィジョンを得るために使いなさい』といった言い伝えがあるようです。
夜の空気の中には、よい夢と悪い夢が漂っていると信じられ、グレイトスピリットを信じていれば、よい夢だけが真ん中を通り抜けて、眠る者のもとに届けられて、悪い夢は網にかかり朝陽とともに消えていってしまうと……
だから、眠る前には、ドリームキャッチャーを枕元に下げておくようになりました。
人は長い人生の間で、いろいろな影響を受けながら生きています。楽しいことだけではなく、困難な事にぶつかったり、挫折しそうになったります。そんな時に、彼らは、夢に答えを求めます。悩んだりしている時には、普段では間違わないような事でも、誤った判断をしてしまったりします。そういう判断は、自分だけではなく、大切な身近な仲間も傷つけたり苦しめたりしてしまいます。自分の行動を正しい方向に導くために、彼らは夢に祈ります。アメリカ・インディアンが「夢を求める」のには、単に希望やあこがれを求めているのではなく、もっと深い生きる意味が込められていると言っていいでしょう。 」
この文は「ココペリ」というお店のページから拝借してしまいました。
実は私が「ドリームキャッチャー」を買ったのがこのお店だったりします。
お客さんでもあるからちょっと拝借しちゃったけど怒られないよなあ・・・なんて思ったりして。



