大山叶(おおやまかなえ)の「山登りハレ日記」をご訪問いただきありがとうございます。
第二話
鳳和31年(西暦2046年) 秋の一日
斎部麻音は、母、幸子の電話を受け帰省していた。
食卓には「ぼうぜの姿寿司」など、麻音の好物が並んでいた。
近くの神社からは、笛の音や鈴を鳴らす音が金木犀の芳香とともに聞えてくる。
この地方は10月ともなると、いたる所でお祭りが盛大に行われ、秋祭り一色に染まる。
麻音は、久しぶりの母の手料理に舌鼓を打ち、食後の甘酒を飲み終わると用向きを幸子に訊ねた。
「ところで、お母さん。内容を話さないで、「早く帰っておいで」って。急な用向きは何ですか?また、縁談話ではないでしょうね。私は「古事記」に夢中なんですから。お見合いは嫌ですよ。」
幸子は、穏やかな微笑みを浮かべ「麻音、解っていますよ。あなたは物心ついた頃から、なぜか「古事記」に興味を示し、以来、古事記三昧の毎日ね。幼い頃は、何度も何度も「古事記を読んで、読んで」と言っては、私を困らせたものよ・・・。ところで、大学の研究の方は進んでいるの?この間、電話で「教授に論文提出したよ。」と言っていたけど、藤原教授は良い評価をして下さった?どんな内容の研究なの?」
「うん。古事記の実在界への転写に関する研究で、「稗田阿礼と変性意識の考察」という論文名をつけたの。」
「難しそうね。」
「お母さん、そんなでもないわよ。掻い摘んで言うとね、「神様の世界での出来事やその世界の方々の思念が、私たちの住んでいる世界の発展速度に合わせて変容、転写されて、形や動きとなって出現している。」と仮定すると、「古事記」の不可思議で理解しがたい世界に整理がつき、この書物の真の意味が理解できる。」という論文の内容なの。古事記に興味を持ち始めて、四半世紀。ようやく古事記が理解できるようになってきたの。」
「ふ~ん。お母さんにはよくわからないけど・・・。それで教授は、その論文を何と?」
「うん。教授ね。こう言っていたよ。「実に面白い論文じゃ。実に面白い。斎部君、この研究を確実に、丁寧に深化していきたまえ。そして、その過程で、「暗在系と明在系」をテーマに加えたまえ。古事記と物理学の融合も視野に入る。実に面白い。」って。」
「麻音、良い評価を得て良かったね。それでは、結婚は当分、先の話だね・・・。」
母、幸子は、麻音の研究成果を聞き終わると、隣の客間にある神棚から白木の文箱を持ってきた。
総のついた緋色の紐を解き、蓋を開けて手紙を取り出すと、麻音の前にそっと置いた。
「お母さん、急な「用向き」って、この手紙に関係あるの?」
「そうよ。この手紙の封筒の中にはね。姉が私に宛てて書いた手紙と、ある人に託す手紙が入っているのよ。麻音、あなた自身がこの手紙を読む時期が来たのよ。・・・。」
暫し沈黙の後、麻音は、その手紙を封筒から取り出すと、「信じられない。」といった面持ちでゆっくりとかみしめるように読んでいった。
「妹幸子へ
このところ、日本のあちらこちらで微小地震が頻発し、不安な日々が続いておりますが、お変わりありませんか。
私は、神様のご加護を戴き、元気に「明日」を迎えることができそうです・・・・。
ところで、ここ数年、特に、呼吸が整い意識が透明になって参りますと、光とともに「声」が降りて参ります。今日も光とともに降りて参りましたので、そのことをお伝えします。
幸子は、今年二十歳を迎えましたね。数年先には素敵な男性と出会い、二人の子を授かります。上の子は女の子で、下の子は男の子です。女の子は、幼き頃から「古事記」に興味を抱き、その書物の虜となるでしょう。
私がそうであるように、女の子も役割を果たすことになるでしょう。この「うけひ」ともいうべき役割のことは、幸子に知らせることができず、残念に思いますが、久遠の昔から斎部家には、人知れず静かに引き継がれていく役割があるのです・・・・。
女の子が、28歳を迎える秋、その子は古事記解釈の研究を通じて、役割を担う準備が整います。そのときを迎えたら、この手紙をその子に読ませてください。そして、この手紙に同封した手紙を「吉野三郎様」に手渡してください。
手紙を持ってその子が吉野様にお会いする日は、私のお役目が引き継がれる日となるでしょう。それはとりもなおさず、斎部家を真に継ぐ者の誕生でもあります・・・・。
吉野様は戸隠神社の奥社近くの池のほとりに住んでいることでしょう。家の中には大きな水晶が光輝いていることでしょう。そんな風景がこの手紙を書いている最中に浮かんで参ります・・・・。
最後になりましたが、幸子とは、・・・・・・・・・・・でした。
2012年10月30日(甲子) 姉 美裕貴」
麻音は、二度三度と読み返し、深いため息をついた。
「お母さん、信じがたいことです。でも、それが真実かどうか、確かめたくなりました・・・。」
「それでは、麻音は、吉野様に会って手紙を渡してくれるのかね?」
「はい、お母さん。ところで、美裕貴伯母様は、どんな方ですか?今、どうしていらっしゃるの?」
「姉と私は八つ違いだから、一緒に遊んだ記憶はあまりないのよ。そうねぇ~。一番記憶に残っているのはね。確か、私が小学4~5年生で、姉が高校生の頃だったわ。私の母がお伊勢参りに連れて行ってくれてね。最初にお参りしたのが「伊雑宮」で、その時に姉がね。鳥居のところで「ひかりが降ってる。まるでシャワー。」と言って、一人で喜んでいたわ。私には普通の鳥居と神社にしか見えなかったけど・・・。そして、その次に向かった外宮や内宮でも同じように大喜びだったわ。私は、内宮の参拝の後、おかげ横丁でおもちゃを買ってもらい、そこで食べた「赤福」が一番うれしかったけど・・・。それとね。この神社めぐりの後、帰りがけに突然、「倭姫様が呼んでいる。」と言い出したのよ。姉はね、倭姫宮の鳥居をくぐると、まるで誰かに手招きを受けているように参道を進んで行ったわ。そしてね、お参りしているときにね。親しい人と話しているようだったわ・・・。
それでね。姉は、このお伊勢参りの旅を境に、「神道の勉強をする。」と言って大学に進学したのよ。まるで、麻音が、古事記を勉強すると言って、東都大学・歴史国文学部・国文学科に進学したみたいにね・・・。
姉は、今どうしてるかねぇ~。麻音が読んだこの手紙を最後に音信不通なのよ。姉のことだから、きっと神様のご加護を受けて元気に暮らしていると思うけど・・・。」
※注 登場する人物及び古事記等の記述は、全て大山叶の空想です。