という國民の祝日で有りますが
終戦した訳ではないという事実はご存知であると想います。
ポツダム宣言を受諾し、
もうこれ以上國民と日本の多大なる被害を食い止めるべく
渋々、戦争を一時休戦することを決意した。
休戦状態に入ったという日です。
サンフランシスコ平和条約により
連合国と日本の戦争状態は終結になったが、
まぁぁぁ色々と日本の無条件降伏により、
軍隊の武装解除、
軍国主義勢力の排除、一定期間の占領、
戦争犯罪の処罰、、、、
A級戦犯という「戦争犯罪者」として扱われてますが
被告人は、東條英機首相をはじめ
計28名が裁かれました。
この『A級』って超極悪っていう意味ではなく、
A:平和に対する罪、B:戦争犯罪、C:人道に反する罪、
としてそれぞれに分けられてます。
うち死刑判決をうけたのは、
東条英機・土肥原賢二・松井石根・武藤章、
板垣征四郎・広田弘毅・木村兵太郎の7人となっています。
天皇を戦争犯罪者とすべきだという声もあります
天皇陛下御本人も私の責任であると生前仰られましたが
しかし、
GHQのダグラス・マッカーサー元帥は昭和天皇と実際にお逢いになりました。
当時、アメリカ陸軍省でも
天皇起訴論と不起訴論の対立があったが、
マッカーサーによる天皇との会見を経て、天皇の不可欠性が重視され
その後も様々な議論がなされたが
「戦争犯罪人としての起訴から日本国天皇を免除する」とされた。
ご存知の方も多いと思うが、
昭和天皇は当時、
「私が退位し全責任を取ることで収めてもらえないものだろうか」
と言ったとされる。
前置きが長くなったが、
僕が伝えたいのは、昭和天皇の御想いである。
様々な苦悩と困難もあったであろうと想います。
また、
戦時下において
辛い選択も迫られたであろうと想います。
玉音放送では、
「耐え難きを耐え…忍び難きを忍び…」
と國民に対して求めた言葉ではなく、
陛下自らが耐え難きを耐え、忍び難きを忍ぶ
と発言なされたものなのです。
『耐え難い事を耐え、忍び難い事を忍んで』
未来の日本國のために平和を実現しようと思う!
私は、ここにこうして國体を守り、
忠義で善良なあなた方臣民の真心を信頼し、
そして、いつもあなた方臣民と共にある。。。
日本🇯🇵の栄光を
再び輝かせるよう世界の動きに遅れないよう努めなさい!
そういった天皇陛下自ら魂込められた御言葉であります。
弥栄です!!!!






















































































