こんにちはパクロス編集長の平野です。


アルタミラの洞窟壁画は有名ですが、
昔むかしの人類は、
洞窟に隠れて暮らしていたようです。
サルのくせして樹上から降りてしまった以上は、
洞窟で寝るのが一番。
入口さえ守り切れば安全だ。
外敵に関しては、だがな。


人類が火を扱うようになったについては、
それも重要な動機だったんじゃなかろうか。
存外に。
などと勝手に思っています。
真っ暗な洞窟の中には、
何かもう、
ぬらぬらするヤツとか、
ぴたぴたするヤツとか、
もしょもしょするヤツとか、
ばっさばっさするヤツとか、
一体何が潜んでるか分かりませんもの。
そこでは、火が、
どれだけ大切なものだったか。


一般の野生動物は「闇」よりも「火」を怖がりますが、
人類は正反対ですね。
「火」よりも「闇」を怖がる。
それはひょっとして洞窟暮らしの名残りかも知れない。
ご先祖さま方、
ぬらぬらやぴたぴたやもしょもしょやばっさばっさの被害を、
散々受けたんでしょうね。
そういうことなら、
地中で過ごすモグラみたいに、
鼻の利く動物になる、
という進化論的選択肢も無いこともなかったでしょうが。
人類は、
目の利く動物になりました。
抜群に利くってほどでもないけれど、
鼻や耳の利き具合に比べたらやっぱり、
目ですね。


言語を文字にしてみたり、
数値をグラフ化してみたり、
ミトコンドリアを電子顕微鏡で覗いてみたり、
とにかく、
目でもって人類は発達して来たように見えます。
人類は、
世界を観察して、征服しようとする。した。してゆく。
すると、
そのアンチとして…
見えぬものこそ、すばらしい。
という考えも生じることになります。
『ゲド戦記』がすばらしい映画であるかどうかは意見が分かれる所のようですがそれはちょっと思い出しただけで関係ありませんで、
見えぬものこそ、
を追求したいのも人類の一側面。
それを《抽象》と呼びます。
抽象的に考えてみれば、
時間とか空間とかは伸び縮みするはずだ。
という机上の空論ありきで、
観察による証拠が後から出て来たりします。


今や人類は、
見えないものばかりに囲まれておる。
パソコンがなぜ動くのか、
箱の中を開けてみる人は少なく、
開けてみたところでやっぱり、
なぜ動くのか目に見えて分かることは少ない。
世の中ブラックボックスだらけです。
これでは、
考えようによっては洞窟時代に逆戻りですが。
そこはそれ、
人類には、
ブラックを怖がるだけでなく、
ブラックのその奥を探りたがる欲求もあるのでした。
謎を解明するヨロコビ。
最近の平野は、とりあえず、
JavaScriptの謎を解明して一人で勝手に喜んだりしています。
あと、
なぜ資源ゴミ回収の日に限ってうっかり忘れるのか謎で困ってる。
我が家に空き缶が山ほど堆積しています。


というわけで、
さあどうぞシュルレアル。


雑誌編集長の業界ウラ話オモテ話Ⅱ


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参考に


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パクロス1月号、
明日から発売です。
この表紙、この表紙です。
まずはパラパラめくっていただいて、
買うに値する雑誌かどうか、
眺めてみて下さい。
さまざまな能力を備えた人類の個体たちが、
よってたかって、
面白い一冊に仕上げるために尽力しています。